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●本多利明 ほんだとしあき

アジア 日本 AD1743 江戸時代

 1743〜1820(寛保3〜文政3)幕末の経世家・重商主義者。出身地は不明。18歳のとき江戸に出て,今井兼庭に関流算学を,千葉歳胤に天文暦学を学ぶ。24歳のとき江戸音羽1丁目に算学・天文の私塾を開く。晩年,1年半ほど加賀藩に仕官したほかは,門弟の教育・著述・翻訳に当たり一生浪人を通した。その学的立場は,関流の数理・天文・暦学から漢訳洋書を通じてしだいに西洋流の天文・測量・地理へと転換し,そのまま経世家的蘭学者へのコースに移行した。まず18世紀のはじめ以来のロシアの千島・蝦夷進出を機とする北方問題に関心を示し,天明飢饉(1783〜87)のさいの奥羽旅行による深刻な体験から,対外貿易を鎖国下にだいたんに主張する経世論に到達した。農村窮乏への現実認識が,いわゆるマルサス的人口論を介在させる万民増殖という考えに出発し,その解決のために内国貿易の枠をふみ破って開国交易を主張した先駆者である。