●香港 ホンコン
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中国本土の東南端にあるイギリスの直轄植民地,1997年7月1日に中国に主権が返還される。1842年の南京条約で永久割譲の香港島,1860年の北京条約で永久割譲の九竜,1898年の香港境界拡張専門条約で99年間の期限付きで租借の新界の三つの部分からなる。【地勢】総面積は1,032平方km,人口約471万人(1979)。首都は香港島のヴィクトリア(ホンコン)市。人口の98%が中国人,そのうち3分の2が広東人,3分の1が広東人とは風俗・言語を異にする客家(はっか)・蛋民(たんみん,水上生活者)などである。香港という地名は香料の港または香港島南西岸の香港仔に由来するといわれている。亜熱帯気候帯に属し,乾期(10〜4月)と雨期(6〜8月)があり,雨期は蒸し暑く,台風がある。年間平均22℃くらいで,最高気温は33℃を超えることはまれである。大部分が花崗岩そのほかの火山岩からなる山脈と丘陵で耕地は約14%しかない。ホンコン島は南側はなだらかたが,北側はけわしく,急斜面を階段状に切り開いてホンコン市街が形成された。対岸の九竜半島とのあいだは水深の深い海峡をなし世界有数の良港となっている。また周囲には無数の島が散在し港を風波から守っている。
【歴史】イギリスが南京条約で香港を領有する以前は広東省新安県に属する農漁村で人口は数千人,島内の村落のほか蛋民(たんみん)がいるだけで,付近は不毛な海賊の巣にすぎなかったといわれるが,アヘン貿易が盛んになり,清朝による密輸取締りが強化され,マカオ・黄埔を追われた密輸船が根拠地にするようになってから栄えるようになった。イギリスはこの島が天然の良港であることに注目し,アヘン貿易の根拠地として,また中国侵略の根拠地として清朝から割譲させた。その後20年間のこの島の発展は主としてアヘンの密貿易と人買い同様の中国移民輸送の奴隷貿易によって得たものである。怡和洋行(ジャーディン・マセソン商会)などの商社もこれらによって発展したもので,その出資によって設立された香港上海銀行は極東におけるイギリス銀行の代表となった。司法・行政・立法・軍事の全権は英王室が任命する総督が握ったが,イギリスはここを自由貿易港としたので,広州からイギリス商社が移ってきて,中国貿易の根拠地となり,銀行のほかに造船・倉庫などに投資され,香港貿易は中国対外貿易の40%を占めるにいたった。また中国に隣接するイギリス植民地であったため,中国の政情不安とともに,中国人民や資本の逃避地となり,人口が増加した。ところが19世紀末から上海・大連などの新港が発展してくると,繁栄はしだいに奪われ,香港は振わなくなった。さらに中国の民族運動の高まりとともに反英運動が激化し,これを弾圧しようとして五・三〇事件,沙基惨案,省港大罷工をひきおこした。イギリスは苦境に立されたが,おりから成立した蒋介石の国民政府を援助し,幣制改革を行い,英中関係を安定させた。日中事変勃発から1941年日本軍に占領されるまでの間は,香港には英の対中国援助の中心として軍需品だけでなく多額の借款が供与され,香港は再び活気を取り戻した。1941年から4年間日本の施政に服したが,1945年日本の降伏により再び英領植民地として復活した。戦後は国共内戦とひきつづく人民共和国の成立によって避難民の激増,大陸の政治家・大資本家・大地主の流入によって人口が激増し大都市になった。1980年代から工業化が行われ,衣類綿,毛織物の綿工業に始まり,電気機器・機械工業など加わり,高度成長化をとげている。
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