●盆踊 ぼんおどり
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盂蘭盆会に老若男女によって踊られる踊り。本来盆に迎えた死者の霊をなぐさめ,再び送るための踊りであるが,地域の共同娯楽としての面も強い。古くは旧暦7月15日前後に,寺の境内や地域の広場・辻などに,囃子方の乗る櫓を組み,それを取りまいて踊ったが,十数人が組(連という)をつくり,町を踊り歩く方式や,新盆の家の庭に赴いて踊るところもある。死者の供養踊は,一遍などの念仏踊を引継いだ時宗聖の手により,全国にひろめられたが,これは時期を選ばず勇躍し念仏を唱える宗教運動で,共同体が先祖供養のために,念仏を手向け,自らが芸能を演じるのは,室町初期以降である。さらにそれに踊りが加わるのは室町中期である。当時の盂蘭盆会の踊りは,青年が中心となり,つくり物や大花笠を出して,華やかな趣向を競う囃子物や,風流踊であった。江戸時代に入ると規模を縮少。仮装や揃いの浴衣の者が,流行の歌謡にあわせて踊ったが,土地ごとに工夫を凝らし,多くのバリエーションが生まれた。江戸時代後期には,口説節や七七七五調の民謡で踊るのが主流となり,現在では新民謡やレコード民謡が好まれている。古い様式を残す盆踊としては,秋田県羽後町西馬音内(にしもない)・長野県阿南町新野・愛知県設楽町田峰・岡山県笠岡市白石島・大分県姫島村などが知られており,連を組んで練り歩く方式では,徳島県各地の阿波踊・広島県三原市のヤッサ踊などがある。〔参考文献〕森末義彰「盆踊の研究」宗教研究10―1
本田安次『語り物・風流二』1970,木耳社