50音順    検 索

●ポリネシア

AD 

 太平洋の島々のうち,ハワイ諸島,イースター島,ニュージーランドをそれぞれ北・東・南の頂点とする三角形に含まれる部分をいう。これはほぼ日付変更線以東の東部太平洋にあたるが,太平洋全域の島々は,これと西側のミクロネシア・メラネシアとの三つの島嶼群に分けることができる。ポリネシアとは「多くの島々」という意味である。このポリネシア三角形は1辺が8,000kmにも及ぶ大きなものであるのに,この範囲の海域にある陸地総面積は29万4,483平方km,ニュージーランドを除く島嶼部はさらにその10分の1の2万5,806平方kmにすぎず,小さい島々が点在していることがわかる。周辺のどの大陸からも隔絶したポリネシア海域に人々が定住するにいたるまでの経緯は,幾多の謎を秘めていて,失われた古い大陸の住民がかろうじて残存したこれらの島々に四散したものだとする説や,イースター島の巨石像と南アメリカのそれとを結びつけてチリあたりから移動したと考える説もあった。現在では,ポリネシア人もほかの太平洋諸島の住民たちと同じく,アジア東南部から長い年月をかけて移住してきたものだろうというのが定説化している。まず前1290年ごろまでにメラネシアのフィジーに到達していたモンゴロイド=グループが,前1100年にはトンガへ,前800年にはサモアへ,という二つの波としてはじめてポリネシアに入り,トンガからポリネシアの東辺にあたるマルケサスへは300年,サモアからポリネシアの中央部,タヒチ島そのほかのソシエテ諸島へはそれからややおくれて移民した。その後,東の頂点イースターに400年,北の頂点ハワイにも650年,南の端のニュージーランドに900年にはそれぞれ第一波が及び,ハワイやニュージーランドにはその後幾つかの波が到達して現在の住民構成の基盤を築いたと考えられる。ポリネシア人の一つの代表的人種とされるニュージーランドのマオリ族は11世紀ごろソシエテからクック諸島を経由してきたものであるという。なお,ポリネシア人の特徴は,明るい褐色の皮膚と波状毛,そして長身で成年に達すると肥満するタイプであるが,そうしたポリネシア系の人々はメラネシア海域のレンネル・ペンテコスト・ティコピア各島や,ミクロネシア海域のカピンガマランギ・モキール・ヌクオロの各島にも分布しており,人種の側からする地域区分の境界線は明瞭に引くことが難しい。ハワイ諸島やサモア諸島のような火山島に大きい島が多く,ツアモツ諸島フェニックス諸島のような環礁の島々は低平でかつきわめて小さい。全域にわたってコプラの産出があるほか,サトウキビや果実の栽培が行われるところも多いが,ポリネシア人を特徴づけるのは彼らが優れた海洋民・漁労民だということである。全長30mにも及ぶ大型カヌーに100人もの人員を乗せて航海をしたり,船体を二つ連結した双胴のカヌーで戦闘を行った歴史もあるし,海にまつわる生活用具も多い。また硬い果実をガラガラと音をさせてサメを捕える方法,タカラガイとヤシの葉をネズミの形に組んだ疑似餌でタコを捕える方法など,奇抜なアイデアの漁法が民話を伴って継承されている。なお,ポリネシアには貴族・平民・奴隷といった階層制社会が顕著でハワイ・タヒチ・トンガにはそれぞれ王国が成立していたが,ハワイとタヒチではヨーロッパ列強の植民地支配によってその歴史を閉じた。しかしやがて長年の植民地支配から脱して,1962年太平洋諸島のなかでは最初に西サモアが独立し,あと1970年にトンガ,1978年にツバルが独立したほか,ハワイがアメリカの州に昇格し,クック諸島がニュージーランドとの連合国の地位を獲得したが,ほかはアメリカ領サモア・フランス領ポリネシア・イギリス領ピトケアン・チリ領イースター島というように,まだ他国に領有されたままのものが多いのは,人口規模からも産物からも一人立ちできる状態に達していないものが多いということを物語っている。