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●ポーマレ王朝 ポーマレおうちょう

大洋州 大洋州 AD 

 18世紀末から19世紀末まで5代にわたりタヒチを中心とした統一王朝。[1]ポーマレ1世,1745〜1803(在位1793〜1803)ライアテア島の酋長ウルから32代目。ツアモツ諸島の酋長およびタヒチ島北部パレの酋長の系統をも継ぐ。1768年南岸パパラの戦いで勝利を得て領地を拡大した。[2]ポーマレ2世 1774〜1821(在位1803〜21)白人宣教師によりキリスト教に帰依し,1819年には洗礼を受けた。1815年ナリイの戦いでタヒチ全島を統一した。[3]ポーマレ3世 1820〜27(在位1821〜27)1歳で即位したが7歳で死去。[4]ポーマレ4世,1813〜77(在位1827〜77)3世の姉で女王となる。在位前半はイギリス・フランスの植民地化攻勢のあいだでイギリスに頼ったが,1842年フランス保護領化の要求をつきつけられ2年後に追認した。[5]ポーマレ5世 1839〜91(在位1877〜91)即位3年後の1880年にフランス保護領は“フランス領オセアニア”の名称で植民地になった。5世の墓はタヒチ島アルエ区4.5km,ほかの王族のものはアルエ区6kmにある。