50音順    検 索

●ホトトギス

アジア 日本 AD 

 雑誌名。1897年(明治30)1月,松山において柳原極堂「ほとゝきす」創刊,20号継続。翌年10月高浜虚子が東京に移し2巻1号を編集,やがて「ホトトギス」として主宰。1951年(昭和26)長男年男継承,80年1月年男二女稲畑汀子続刊,同4月1,000号に達し現在に及び,世界最長生命の雑誌という。明治期,子規生存中は子規の俳句革新・新派普及につとめ,新体詩・和歌・写生文と新生面を開き,青々・月斗らを輩出。1902年子規没後虚子と碧梧桐が対立し,碧梧桐は全国を巡遊,「新傾向」を広めたが,1905年漱石の『吾輩は猫である』に啓発され,虚子がまた小説に熱中,文芸誌となった。大正期守旧派を結束し,俳壇復興,水巴・鬼城・蛇笏ら,昭和期花鳥諷詠を提唱し,秋桜子・誓子ら 4S 時代,風生・草田男らを輩出。戦後は第二芸術論に対し,ホトトギス王国は明治・大正・昭和三代俳句史の観を呈している。

〔参考文献〕高浜虚子『俳句の五十年』1947,中央公論社