50音順    検 索

●細川頼之 ほそかわよりゆき

アジア 日本 AD1329 鎌倉時代

 1329〜92(元徳1〜明徳3)南北朝時代の武将。足利一門の有力守護大名。室町幕府の管領。細川頼春の長子。法名常久。1352年(文和1)以前に右馬助,1355年(文和4)右馬頭,1368年(応安1)武蔵守,1371年(応安4)相模守,翌年再び武蔵守に転じ,1379年(康暦1)の出家まで在職。1352年京都で南軍と戦って没した父頼春の阿波守護職を受け,領国経営につとめたが,その軍事的才能を高く評価した幕府は,1356年中国地方に猛威を振う足利直冬追討を頼之に命じた。直冬党を討ち,また1362年の前執事細川清氏追討をとおして,足利将軍のいっそうの信頼をえ,頼之は四国全域の守護職を兼ねるにいたった。1367年(貞治6)足利義詮より嫡子義満補佐を託されたが,管領として将軍の全権限を代行し,よくこの大役を果たした。康暦の政変でいったん失脚したが,1391年(明徳2)養子頼元が管領につくと,頼之は法体でこれを後見した。文学の教養も深く,禅宗を厚く信じた。