50音順    検 索

●細川政元 ほそかわまさもと

アジア 日本 AD1466 室町時代

 1466〜1507(文正1〜永正4)室町後期の武将。細川勝元の子で,室町幕府の管領をつとめた。1493年(明応2),政元は大軍を発して10代将軍義材(義稙)を河内の正覚寺城に攻め,これを逐って堀越公方足利政知の遺児清晃を新将軍に立てることに成功した。これが11代の義澄で,“政元のクーデタ”といわれる下剋上の時代の到来を示す象徴的な事件となった。こうして政元は義澄を傀儡とし,幕政の実権を握り,そのため世間からは「半将軍」などと呼ばれていたのである。しかし,政元には奇行が多く,「飯縄(いずな)の法」とか「愛宕(あたご)の法」とか呼ばれる修験にこり,山伏姿となって天狗のまねをするような行動がしばしばみられた。しかも,修験者は妻帯しないということから,妻を迎えず,そのため実子がないため,養子を迎えることになった。ところが,3人の養子を迎えたため争いがもちあがり,その一人澄元を擁する香西元長らに殺されてしまった。

01