●細川藤孝 ほそかわふじたか
アジア 日本 AD1534 室町時代
1534〜1610(天文3〜慶長15)安土・桃山時代の武将。幼名万吉。幽斎は号で,別に玄旨という号もある。足利義晴の近臣三淵晴員の子で,細川元常の養子になり,細川氏を継いだ。一説に,幽斎は実は将軍義晴の子で,母が懐妊中に晴員に嫁したともいわれている。長じて義晴に仕え,義晴没後は足利義昭に仕え,義昭を奉じて越前朝倉氏,さらに織田信長を頼ったのである。義昭が信長に擁されて将軍になり,その後は信長に接近し,信長死後は豊臣秀吉,さらに徳川家康からも好遇され,丹後国田辺城主となった。また,関ケ原の戦いには東軍に属し,戦後の論功行賞で豊前国で37万石を与えられた。もっとも,幽斎が歴史上重視されるのは,そうした武将としての活躍のほか,文化人としての立場があったからである。歌道の二条実枝より『古今和歌集』の秘伝を受け,九条稙通からは『源氏物語』の奥義を受けていた。著書に『百人一首抄』など多数がある。