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●細川晴元 ほそかわはるもと

アジア 日本 AD1514 室町時代

 1514〜63(永正11〜永禄6)室町後期の武将。細川澄元の子で,幼名を六郎といった。父澄元が細川高国に逐われたため,晴元の幼少時は,家臣の三好元長らに擁せられて阿波で生活していた。1531年(享禄4),高国が三好氏らに逐われ,摂津での戦いに敗れ,摂津広徳寺で自殺したあと,阿波から迎えられて細川惣領家を継いだのである。翌年,晴元は畠山氏の家臣木沢長政に擁せられて三好元長と堺に戦い,これを倒すことに成功し,晴元が実質的な権限を振るう状況が生まれたのである。ところが,事態はそのようには進まず,元長の子三好長慶が勢力を伸ばしはじめ,しかも細川高国派の細川氏綱を奉じて晴元を圧迫しはじめた。ついに1549年(天文18),晴元は,長慶のために京都を逐われる破目になり,ここにいたって幕府当初より存続していた管領細川氏は事実上滅亡してしまったのである。晴元は失意のうちに,1563(永正11),摂津富田の普門寺で没した。