50音順    検 索

●細川ガラシア ほそかわガラシア

アジア 日本 AD1563 室町時代

 1563〜1600(永禄6〜慶長5)細川忠興の妻。明智光秀の娘で,細川忠興に嫁いだ。本名を玉といった。1587年(天正15),キリスト教に入信した。そのため,以後はキリスト教名のガラシアの名で親しまれている。1582年(天正10)の本能寺の変とそれにつづく山崎の戦いで,明智光秀が女婿である忠興を招いたが,忠興は光秀の謀叛が成功する見通しがないと判断し,かえって豊臣秀吉方に属すことになった。そのため,ガラシアは忠興から離縁され,しばらくのあいだ,丹後国味土野(みどの)というところに幽閉されていたのである。のち1584年になって,秀吉の許しを得て復縁している。キリスト教受洗は,その後,高山右近の働きかけによるものである。1600年(慶長5)の関ケ原の戦いの直前,石田三成が,徳川家康に従って東征した諸将の妻女を人質にしようとしたとき,ガラシアは大坂入城を拒み,家老の小笠原少斎に胸を突かせて死んだ。

01