50音順    検 索

●細川勝元 ほそかわかつもと

アジア 日本 AD1430 室町時代

 1430〜75(永享2〜文明2)室町時代中期の武将。細川持之の子。幼名六郎,法名龍安寺宗宝。1445年(文安2)以来3度も管領をつとめたほどの実力者。将軍足利義政のとき,はじめは畠山持国の力が強かったが,勝元は山名宗全の娘を妻として山名と結び持国を失脚させて自ら管領となった。しかし持国の死後山名宗全と対立し,1465年(寛正6)足利義視が還俗して義政の後継者となったとき,後見人に選任された。それが義政と持国ついで畠山政長と義就の対立が絡み,その上に斯波義敏と義廉の後継争いも絡んで全面的対決へと突き進み,天下大乱の応仁の乱へと入っていく。細川勝元は東軍の主将となり,西軍と戦うとともに3回目の管領をつとめ,幕政を掌握した。彼は禅宗に帰依し信仰心の強い人であった。龍安寺・龍興寺を創建し,和歌にも長じている文人肌の人でもあった。

01