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●蒲鮮万奴 ほせんばんど

アジア 中華人民共和国 AD 

 生没年不明。金朝末期の武将。中国遼東地方にできた大真国の建国者(在位1216〜33)。金朝の遼東宣撫使であった蒲鮮万奴は,金に背き遼東にいわゆる偽遼国を建てた契丹耶律留哥(やりつりゅうか)を討つべく命を受けた。しかし蒲鮮万奴は出兵したものの,遼陽地方の女真人豪族らに支援されて,1215年(天泰1・金暦貞祐3)東京(現在の遼陽)において独立し,翌年自らの国を大真国と号し,のちに東真国(あるいは東夏国)と改めた。その勢力は現在の吉林省から朝鮮咸鏡道方面に及んだと推定される。その後,モンゴル軍の攻撃に耐えきれず,蒲鮮万奴の勢力の中心は豆満江下流域の間島地方に移った。そして蒲鮮万奴は自らの勢力を維持するため,モンゴルに対し叛服を繰り返し,またしばしば高麗に侵入した。しかし1233年(天泰18・元暦太宗5)グユク(貴由)が率いるモンゴル軍の攻撃を受け,蒲鮮万奴は捕えられ,国は滅んだ。