●穂積陳重 ほずみのぶしげ
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1855〜1926(安政2〜大正15)明治・大正期の法学者。宇和島藩校国学教授穂積重樹の次男。東京大学の前身開成学校に学び、イギリスおよびドイツに留学した。1881年帰国し直ちに東京大学法学部長となり、加藤弘之総長とともに、ドイツ法学を中心とする法学部の陣容の整備に尽力した。担当は法理学で、進化論に依拠して、日本の法制度も歴史の焦点に即応したものであるべきことを説いた。法史学・法人類学にも業績がある。民法典論争においては施行延期論に属し、ボワソナード草案の施行が延期された後、梅謙次郎・富井政章とともに民法典の起草委員に任命され、家族制度などの原案をつくった。その他商法・刑法・監獄法など、数多くの法律の起草に関与している。1890年より貴族院勅選議員、1915年男爵、1916年枢密顧問官、1925年枢密院議長となる。憲法学者穂積八束はその弟。民法学者穂積重遠はその長男である。著書に『法律進化論』『穂積陳重遺文集』(全4巻)・『法窓閑話』などがある。