●ポスタン
ヨーロッパ 英国 AD1899 ハノーヴァー・ウィンザー朝
1899〜1981 イギリスの経済史家。ロシアのオデッサに生まれ,ペトログラード・オデッサ・キエフ諸大学に学び,ロシア革命に同情できず1919年故国を離れ,翌年中欧をへてイギリスに来住,ロンドン=スクール=オブ=エコノミクスで学位を取得したのち,1927年ロンドン=ユニヴァーシティ=カレッジ歴史学講師となり,以後母校やケンブリッジ大学で経済史を講じ,1938年40歳未満の若さでケンブリッジ大学経済史教授に就任(〜1965)。1935年から死に至るまで同大学ピーターハウス=カレッジ研究員。研究は,大陸諸国を含み,また現代にまでおよぶ広い分野をカバーするが,その専攻領域はイギリス中世経済史で,研究と学界活動における勝れた業績により,今世紀有数の中世経済史家の一人とされる。中世経済史家としての地位は,前夫人アイリン=パワー教授との共編著『15世紀イギリス商業の研究』(1933)で固まり,以後注目すべき論文を次々と発表し,中世社会における商業や賃労働の分析などによって,従来の自然経済的中世社会観に新たな側面を切り開いた(主要論文22編が1973年に2冊の論文集にまとめて出版され,また,かれの方法論は,『事実と問題意識』(1971)に集約)。かれの学者としての影響力は,編集者としても大いに発揮され,『ケンブリッジ版ヨーロッパ経済史』の編集のほか,とくに「経済史学会」の発行する『経済史評論』を1934〜60年の間編集しつづけたことは注目されてよい。「学会」では副会長や名誉副会長をもつとめ,約半世紀にわたる活躍は,イギリスにおける経済史研究に大きく貢献,1960年の「国際経済史協会」の設立にも一翼を担った。1959年ブリティッシュ=アカデミー会員,1980年ナイトに叙せられた。