●戊辰戦争 ぼしんせんそう
アジア 日本 AD1868 明治時代
1868年(慶応4)戊辰の年から翌1869年(明治2)にかけて,新政府軍と旧幕府軍とのあいだの国内戦争。慶応4年1月3日(1868年1月27日)に戦端をひらいた鳥羽・伏見の戦いを緒戦として,江戸無血開城・上野戦争・東北戦争などをへて,明治2年5月18日(1869年6月27日)に終結した五稜郭の戦いまでの総称である。小御所会議の決定による15代将軍徳川慶喜に対する辞官・納地の要求がきっかけとなっておこった鳥羽・伏見の戦いは,薩長(薩摩・長州)2藩が主力となった新政府軍が旧幕府軍および会津・桑名などの旧幕府方諸藩軍を破り,大坂城にいた慶喜は海路江戸へ逃げ帰った。新政府軍は有栖川宮熾仁親王を東征大総督として,東海道など3道から江戸へ進撃。それに対して慶喜は恭順の意を表し,勝安芳(海舟)と西郷隆盛の会談などがあって,新政府軍は江戸城へ無血入城した。以後,旧幕臣らの彰義隊による上野の山での抵抗や北越・東北の旧幕府方諸藩が奥羽越列藩同盟を結成しての抵抗,品川沖から箱館へ逃げた旧幕府海軍榎本武揚らの抵抗があり,会津城攻防戦(会津戦争)・箱館五稜郭の戦いなど激戦はあったものの,いずれも新政府軍が勝利を手にした。この勝利によって,明治新政府は天皇制統一国家形成へ大きな一歩を踏み出すことができたのであった。
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