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●保守合同 ほしゅごうどう

アジア 日本 AD1955 昭和

 1955年(昭和30)11月15日,日本自由党日本民主党とが合同して自由民主党が成立し,保守党が一本化したこと。終戦後,一時は360を越える大小多数の政党の乱立のなかで,保守陣営は,自由党・進歩党・協同党の鼎立をスタートとして離合集散を重ねていたが,石炭国管政策を打ち出した片山内閣のころから保守結集の動きが始まった。さらに公職追放解除の進行,加うるに,1955年10月の左右両派社会党の統一の実現という情勢のもとで,ついに保守合同が実現したのであった。ただ,自由民主党新総裁決定が難航し,とりあえず4人の総裁代行を置いたが,その一人であった緒方竹虎の急逝後,1956年4月5日の自民党最初の総裁公選で,鳩山一郎が初代総裁となった。保守合同は占領下日本の政党の乱立を解決したばかりでなく,その後の日本の政治構造の基本を形成したという意味で画期的な事件であり,世に1955年体制の成立ともいう。以後,二大政党制時代が来るかとみられたが,結局,真の意味での二大政党制は出現せず,自民党の長期政権の持続,いわゆる一党優位制の時代が今日までつづくことになった。