●ボシュエ
ヨーロッパ フランス共和国 AD1627 フランス王国
1627〜1704 フランスの聖職者・神学者。ディジョンの司法官の家に生まれ,パリで神学を学び,コンドンの司教となる。1670年ルイ14世の王太子教育係となり,「聖書にもとづく政治論」を講じた。そこでは,〈神は国王を使者とし,国王を通じて人びとを支配する。……国王の人格は神聖であって,かれにさからうことは神を冒涜することにほかならない〉として,王権神授説を展開した。このほかにも,キリスト教史観にもとづく『世界史論』(1681)を著している。1681年にモーの司教に任ぜられてのちは,プロテスタンティズムを攻撃する一方,法王に対してフランス教会の独立(ガリカニスム)を主張して争い,またキエチスムを異端としてフェヌロンらと論戦をくりひろげるなど,“モーの鷲”の名をほしいままにした。彼はまた雄弁家としても名高く,とくに早く逝った王弟妃アンリエット=ダングルテールに対する追悼演説は広く知られている。
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