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●母子神信仰 ぼししんしんこう

ヨーロッパ アイルランド AD 

 母神とその子どもの男性神とを一体にして崇拝する信仰。祭祀や神話として世界的に広がっている。母性を主題にした信仰で,子神は母神の生殖力を具体的に示す表象である。創世神話における原初の“生む”母神の観念と母なる大地を表す地母神の信仰を基盤にして成立した思想であるといえる。

古代オリエントからヨーロッパへ】母子神の観念は歴史的にも古く,オリエントから地中海沿岸にかけての古代文明地域の信仰に顕著に現れる。豊饒を意味する最高の母神に若い男の神が従っているという信仰で,その男神は年ごとに死に,春とともに復活する植物の神格であって,同時に大地の女神の夫としての存在でもある。バビロニアには,自然の生殖力を示す大母神イシュタルとその若い配偶者タンムーズの信仰がある。タンムーズは植物の生命が毎年死と復活を繰り返すことを表す神で,イシュタルの弟であり,かつ子どもでもある神格である。エジプトでは,最古の女神で,原初の“生む”存在である豊饒の神イシスと,夫なくして生まれたその子,太陽神ホールスが,母子神に相当する。後世イシスの夫として登場するオシリスに死と復活の信仰が結びついているのは,ホールスとの習合らしい。古代オリエントの遺跡からは,母子神信仰を想起させる赤子を抱く母の像が発見されている。古くは前4000年紀の授乳する母の神像もある。エジプトのイシス像も,多くは幼いホールスを愛撫する姿をとる。ヨーロッパでは母子神信仰は聖母マリアの信仰として現れている。聖母が幼いキリストをともなう聖母子像の崇拝で,すでに2世紀前半のローマの壁画に見えている。処女懐胎聖母神子の思想はキリスト教独自のものではない。死んだキリストを抱く聖母マリアの像“ピエタ”も,思想史的にはタンムーズの死と復活の神話の流れを汲む。サルディニア出土の前8〜前6世紀ごろの“ピエタ”的青銅像やエジプトのオシリスの死体を抱くイシスの像などにその原形がある。

【東アジアとアメリカ】インドでもシャクティ(性力)崇拝を表す原初の“生む”母神の信仰は古く,幼児を抱く母の姿をとる女神の信仰もある。日本の八幡神母子神である。八幡神は応神天皇を主神とし,母の大帯姫命(おおたらしひめのみこと,神功皇后)を合わせまつるが,鹿児島県国分の鹿児島神宮の旧別称,大隅正八幡宮の古伝では,幼い大比留女(おおひるめ)が太陽の精を受けて懐妊し,生まれた王子とともにうつぼ船で流され,着いたのが大隈国であったといい,王子が八幡神であるとする。『古事記』『日本書紀』の伝えも,歴史化された部分を除くと,大帯姫命は海から出現した聖母マリアとなる。「桃太郎」や「一寸法師」を母子神の物語とみた石田英一郎は,水界にその母の姿がみえることに注目したが,大母神と水界との関係は古代オリエントの神話にまでさかのぼる。これらの伝承は,最初の母性の神格が原初の海から生まれるという観念に由来しているのかもしれない。日本の道祖神(さへのかみ)には母子神信仰の本質が含まれている。道祖神には性の神の色彩が強く,しばしば結婚を意味する像や授乳する母の像で表現され,生と死の境に立って生まれ出るものを支配する神で,村域を守護するなど,地母神の性格もある。日本の創世神話を構成するイザナキ・イザナミの物語は宗教的には道祖神信仰の神話で,道祖神は原初の“生む”母神にさかのぼる。東南アジアの島々に分布する母子相姦始祖神話母子神の神話とみられている。八丈島のタナ婆伝説もその一例だが,島では道祖神の祭地をおもわせる円形の石積みをタナ婆の墓と伝えている。処女懐妊の伝説をもち,母神と子神を聖地にまつる対馬の天童信仰も古風な母子神である。類似の伝承は朝鮮半島にもある。アメリカでは,古代メキシコに,地母神に近い農耕神の祭祀に,トウモロコシの女神が生む若いトウモロコシの男神が,若返った母神自身であるという誕生と復活の結合した思想があるが,これは植物の神格から生成した母子神信仰であろう。

〔参考文献〕石田英一郎『桃太郎の母』1972,講談社

小島瓔禮「イザナキ・イザナミの婚姻」『日本神話研究』2,1977,学生社

矢島文夫『ヴィーナスの神話』1970,美術出版社