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●保甲制度 ほこうせいど

アジア 中華人民共和国 AD1070 北宋

 中国で行われた一種の隣組で,政府が数戸を1組として連帯責任を負わせ,治安の維持・租税の徴収などを図った制度。秦の什伍の制・北魏の三長制・唐の隣保制などと類似する。宋から民国まで種々みられるが,最も名高いのは北宋の1070年(煕寧3)から王安石の新法の一環として実施された保甲法である。これは10家(のち5家)を1保,5保を1大保,10大保を1都保に組織し,自警団による治安の維持と徴税の請負とを課したものである。さらに首都圏と遼・西夏に隣接する地方とでは,保甲単位で成人男子に軍事訓練を施して傭兵に代え,軍事費の削減をはかった。また保に馬の飼育を課した地方もある(保馬法)。旧法党が政権を握って以後,保甲法は軍事的性格を失い,郷村支配の制度に変質していった。明・清時代にも戸籍の作成・徴税・治安維持などを目的として保甲制度が実施されたが,内容は時代・地域によりさまざまに異なる。そのなかでは明の王守仁が行ったものが有名である。