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●北虜南倭 ほくりょなんわ

アジア 中華人民共和国 AD1449 明

明が受けた、北方からのモンゴル族、南方からの倭寇の侵入による外患を言う。この二つの外患対策の出費により明の国力は弱まった。北辺では1449年(正統14)、明軍が土木の変でエセンの軍に大敗して以後、モンゴル族が明の北辺に盛んに侵入するようになった。そこで明朝は、万里の長城・遼東辺牆を修築し、長城地帯に九辺鎮という軍管区を設け多くの軍隊を駐屯させてこれを防いだ。しかし、16世紀中ごろアルタン=ハンが台頭すると北辺への侵攻はいっそう激化し、1571年(隆慶5)に明とアルタン=ハンの間に講和が結ばれるまで続いた。一方沿海地方では国初以来倭寇に悩まされた。これを前期倭寇と言う。15世紀には一時下火となったが、16世紀中ごろには再び激しくなり、一時は倭寇により浙江・福建省の州・県城百余が占領された。これを後期倭寇と言う。


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