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●北陸 ほくりく

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 北陸地方の略称。北国(ほっこく),古訓ではほくろくとも言う。富山・石川・福井を北陸三県,新潟を加えて四県という。古代から北陸道と呼ばれて,街道名にも北国街道・北陸街道・北陸路・北国路と呼ばれており,北陸本線・北陸鉄道線・北陸トンネルという名称となっている。五畿七道の一つ。

【北陸地方の特色】中部地方を南北に三分した一地域で,日本海沿岸地域である。古来畿内の勢力圏に入る。日本海を通じて大陸文化を輸入,東北・西国との結びつきも強く早くから文化が発展した。もとはこの地域が日本の先進地域であったが,明治の産業革命以後,東海地方に圧倒されたのは太平洋沿岸地域の鉄道などの発展によるところが大きい。もちろん東海道五十三次が,江戸期にメインストリートとなっていたことともかかわっている。北陸街道は,関ケ原−木の本を通じ栃の木峠越えで福井・金沢・倶利加羅峠を越えて,高岡・富山・親不知・直江津・柏崎・新潟へ通ずる。これに対し新潟は,佐渡への道にあって江戸との結びつきが強い。『延喜式』によると,若狭・越前・越中・越後・加賀・能登・佐渡の七カ国を北陸道としている。これは東海道・東山道と併行する北への海道の一つである。北陸の地域を別名,越・高志と呼んでいる。その意味は湖北の山を越えるところから来たものである。その道を高志路・越路と言う。これから古志郡・古志村・越路町などの地名も生まれた。

【北陸の成立】古くは越と呼び,大化改新後に越前・越中・越後の三国,次いで718年(養老2)能登,823年(弘仁1)加賀の両国,次いで大化改新のときに成立した若狭と佐渡が北陸道に加わった。越後は,708年(和銅1)より越後より出羽国が分かれて東山道に属した。この道を北道とか,陸(くぬが)道と称し小路とされていた。駅馬はわずか5頭にすぎなかった。この地域は,陸路は峠越えが大変であったので,むしろ日本海海路に依存するところが多かった。そのため港が発展している。これを江戸時代中期以降は北前船と言い,北国廻船とも言っている。北前船は,蝦夷地と大坂(上方)を結ぶ西廻航路で,主として海産物・領主米をまわすルートであった。多くは近江商人の組織するもので,日本海沿岸では弁財船・やまと船・どんぐり船と呼称した。経済的には買積制が特色であるため,船頭あがりの北前船船主が少なくなかったが,かなり投機的・冒険的商人的性格の強いものである。

【北陸の文化と産業】北陸は,大正期ごろまでは太平洋沿岸地域よりも発展していた廻船航路であり,海の表海道とも言うべき地域で,畿内地方の影響を受けるとともに,金沢・福井の大藩をもっていたことも大きい。そのうえ京都文化圏に属し進んだ伝統工芸地域として発展していた。在来工業の技術が進み,それが近代化のなかで軽工業地域となり絹・人絹交織工業地帯となった。今日では大規模な軽工業地域として発展し,冬期の労働力利用がそれを支えている。そのほかに,中央高地よりの急流を利用した電源開発によって,重化学工業の立地条件がよくなり,港湾整備もあって化学肥料・製鋼・石油化学・機械工業地帯として発展。加えて越後の蒲原地域の労働力を背景に,三条刃物・燕の洋食器は,伝統刃物工業の転生として発展を遂げ重要な輸移出産業となっている。