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●北面の武士 ほくめんのぶし

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 白河上皇の院中に創設された上皇の親衛隊。院の御所の北面に仕えたのでこの称がある。北面の武士は『愚管抄』に言うように上・下(『故実拾要』はシャウ・カ,『名目抄』はシャウ・ケと読む)二つに分けられ,〈上ハ諸大夫,下ハ衛府・所司允〉が多かった。創設の時期は1087年(寛治1)と推定されている。院中の警衛・治安維持,それに上皇の御幸の際の供奉などを任務とした。その員数は必ずしも一定ではなかったが,1118年(元永1)5月の山門大衆の強訴を鎮圧したときには,郎等を含めて千余人に及ぶ軍勢が動員されたと言われる(『中右記』)。系譜面から言えば,北面の武士には文徳源氏坂戸氏や藤原氏良門流近藤氏などから代々用いられたが,平氏一門や関東御家人も召し加えられたこともある。承久の乱では討幕軍の一翼をなし〈武勇を好む西面・北面,忽ち亡〉(『吾妻鏡』)んだ。乱後,北面の武士は軍事的性格を失い規模を縮小して江戸末期まで存続した。