●穆天子伝 ぼくてんしでん
アジア 中華人民共和国 AD
281年(西晋,太康2),汲県にある戦国魏の墓から『逸周書(いつしゅうしょ)』『竹書紀年』などとともに発見された,いわゆる汲冢書(きゅうちょうしょ)の一書である。竹簡に古い字体で書かれ,またその一部が欠損していたため釈読に困難をきたしたが,荀勗(じゅんきょく)・ワキョウ※注1※らの努力によって当時通用の字体に書き改められ,東晋の郭璞(かくはく)がこれに注を加えた。周の第5代の王である穆王が西方の女仙西王母に会見する旅行記である。西王母の国は天山山脈の東端に当たるとも考えられるが,穆王が実際にその地に赴いたとは見なし難く,穆王の犬戎征討などの西方遠征の伝承に基づいてつくられた書であると考えられる。ただし,多くの西方に関する地理知識を含んでおり,貴重な史料とされる。この書を『隋書』経籍志は起居注の首に置き,『宋史』芸文志は別史類に入れるが,清の『四庫全書総目提要』はこれを小説家類に移している。
![]()