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●牧畜 ぼくちく

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 地球が誕生したのは45億年ほどの昔であると言われている。生物の起源はおよそ20億年前にさかのぼるであろう。自己増殖の可能な単細胞生物の発生は,やがて無脊椎動物・魚類・両棲類・爬虫類が次々に進化して,1億年前には哺乳類が出現するに至った。一方,人類学者の諸説のなかで,ソロ人(ジャワ)・ローデシア人(アフリカ)・ネアンデルタール人(地中海周辺)・クロマニオン人(ヨーロッパ)を経て現生人類に進化したほぼ10万年のたどった歴史における彼等の社会的経済行為は,興味尽きないものがある。彼等の生活手段として,採集・狩猟が行われ,その必然性から農耕(野生植物の栽培)と遊牧(野生動物の馴化)の文化を創造していった。これらのことは,その時代の背景となる地球上の環境の変化と人類の英知が大きくかかわってゆくことになる。

【草原と草食動物】草原と草食動物が発生したのは,人類の誕生よりもはるか昔にさかのぼることになる。地球上にイネ科草本が出現したのは,顕花植物が陸地表面を急速に覆っていった白亜紀(約7千万年前)と考えられている。これ以後,中新世(約2千万年前)までの間にイネ科草本は地球上に広がり,ユーラシアや北米大陸ではほかの植物群を圧倒していった。アジアのステップ・北米のプレーリー・南米のパンパスのような世界の大草原はかなり古い起源のものである。始新世(約6千万年前)のころは,気候も温暖湿潤で,北米のプレーリー地帯も森林に覆われていたが,ロッキー山脈をつくった造山活動により気候とくに降雨量に変動がおこりしだいに乾燥化が進み,中新世には森林が消え今日の草原の原形ができあがったと考えられている。これに対してヨーロッパの草原の起源は比較的新しい。現在の草原は,もとは植生の極相である森林であったが新石器時代の初期から伐採や火入れによって破壊され,家畜の放牧が行われることによって草原に変化してきた。ここに人類と家畜が草地の成立と維持に決定的な役割を果たしてきたことになる。

 イネ科の植物が地球上でしだいに優勢になるにつれて,これらの草を食べる野生動物もしだいに進化し,その種類も数も増えてきた。その進化の過程として,オーストラリアを除くすべての大陸で栄えた原始有蹄類から現在の奇蹄類(ウマ・サイ・バクなど)・反芻しない有蹄類(ブタ・ラクダ・カバ・イノシシなど),反芻する有蹄類(ウシ・バイソン・ヒツジ・ヤギ・カモシカなど)がすべて派生したと考えられている。この原始有蹄類は主に植物を食べていたが,時には肉食もする雑食性動物であった。この時期の有蹄類は草よりも木の葉や小枝を食べる草食動物であった。

 草原の発達は,初期の草食をしない草食動物を草食する草食動物に変えた。この進化の道程は,ウマの進化で最もよく知られている。

 ウマの最も古い祖先はエオヒッパスで,始新世(約6千万年前)にヨーロッパとアメリカに棲息していた。現在のウマよりはるかに小さくテリアぐらいの大きさであった。まだ蹄はなく,5本の肢趾をもっていた。歯は比較的小さく噛み合わせの面はそれほど厚くない。木の葉や小枝を食ベる草食動物の特徴で,イネ科の草が少なかったころの植生の状況に適応していた。

【野生動物の家畜化】旧石器時代(1万2千年〜1万年前)には人類はいまだ家畜を有していなかった。今日の推定では,当時の彼らは動植物を狩猟・採集してその日暮しのような生活をしていた。自分の財産としては,自分の身体と粗雑な石器を所持するだけ,多かれ少なかれ身の安全を計るため移動的な生活をしていた。そのためにも野生動物を馴化するということは不可能であった。ところで家畜が存在し始めたのは新石器時代(8千年〜7千年前)であって,最初の痕跡は,ヨーロッパではバルチック海沿岸の貝塚でイヌ,スイスの水辺遺跡にはイヌ・ブタ・ウシ・ヤギ・少し遅れてヒツジが家畜として人類の世帯仲間に加わっている。人類の歴史が,何万年・何十万年という進化の経過からみれば,家畜の出現はまったく近代的な事柄に属したことと言えるかも知れない。そして比較的新しい家畜としてラクダやロバは五千年前,古代東洋ではウマが4千年前に人類の生活に関与し始めている。

 F・E・ゾイナー氏は家畜化について次のように説明している。すなわち,家畜化された段階は,[1]自由な繁殖を伴った拘束性のない接触,[2]囲いの中での繁殖と人間環境への拘束,[3]一定の動物の形質を得るために,人間が組識した選択的飼育と折々の野生種との交配,[4]一定の好ましい特性をもった品種を計画的に発達させる人間の経済的配慮,[5]野生原種は虐待され,あるいは絶滅された。

 また,同氏は野生動物が家畜化された順序について,次のような説明をしている。[1]先農耕期に家畜化されたもの(イヌ・トナカイ・ヤギ・ヒツジ),[2]初期農耕期に家畜化されたもの(ウシ・スイギュウ・ガウル・バンテン・ヤク・ブタ),[3]主として運搬と労働用に家畜化されたもの(ゾウ・ウマ・ラクダ・ロバ・オナジャー)。

 以上から気がつくのは,家畜化の先頭がイヌであることと,家畜化されたものの大部分が蹄をもった動物であることに注目される。

【家畜と牧畜の概念】地球上における自然現象として寒暖・乾潤・植生などの異なる地帯をつくり,諸地域に生活する住人はそれぞれの環境風土に適応する社会集団を形成していった。狩猟・採集の生活から,人間が家畜を獲得することにより牧畜と農耕の文化が大きく展開してゆくことになる。そこで疑問が生ずるのは,当時の生活様式として偉大なる発見・発明でもある野生動物の馴化,すなわち家畜化は,どのような生活者の手によってなされたかは今もなお不明とされ,学界の論争になっているところでもある。すなわち,狩猟民によって家畜化したとする説と,時間のかかる家畜化は定住している農耕民によってなされたとする説とがある。その真偽のほどはその道の専門家に委せるとして,家畜化の起源については双方ともに否定できないものがある。では,家畜はどのような解釈がなされているかについて触れる必要がある。家畜の概念を次のように定義することができる。すなわち,“動物の自然的な条件を人為的に変化せしめ,そしてかかる人為的干渉によってその動物の有用性を増大し,人間の経済がそれによって直接物質的利益を得,人間の監督と世話の下に繁殖させることのできる動物が家畜である”と解釈されている。しかしこの解釈もいろいろで,Settegast(ドイツ)は52種,Nathusius(ドイツ)は37種,Cornevin(フランス)は22種,Keller(スイス)は29種の家畜をあげ,その範囲も哺乳類・鳥類・魚類・昆虫類に及んでいる。この相違は,家畜を広義と狭義に解釈するために生ずる差である。現在,世界で家畜として扱われている動物種は,[1]哺乳類(ウシ・スイギュウ・ヤク・バンデン・ウマ・ロバ・ラバ・ラクダ・トナカイ・ヒツジ・ヤギ・ラマ・アルパカ・ブタ・ウサギ・イヌ・ネコ・モルモット・ラット・ハムスター),[2]鳥類(ニワトリ・アヒル・ガチョウ・シチメンチョウ・ホロホロチョウ・ウズラ・ハト・クジャク・コトリ),[3]魚類(コイ・キンギョ),[5]昆虫類(ミツバチ・カイコ・ゴバイシバチ)が広義に解釈した場合に挙げられる家畜である。しかし,家畜を農業上の生産に役立つものとする条件から解釈する場合は狭義の畜産となり,警番用・鑑賞用・愛玩用に属するイヌ・ネコ…モルモット・ラット・マウス・ハムスター・ハト・クジャク・コトリ・キンギョなどは除外される。

 次に昔から使われている牧畜ということばの解釈についても誤解することがある。つまり,“家畜を飼うこと”と解している場合が多い。広辞苑などの辞典によれば,〈牧場でウシ・ウマ・ヒツジなどを飼育,繁殖させること〉と記されている。家畜の解釈に広義と狭義の二通りがあるが,牧畜についてはむしろ狭義に解すべきであろう。この点について梅棹忠夫氏は著書のなかで,牧畜的家畜非牧畜的家畜とに分けている。すなわち,牧畜の対象になる家畜は意外に種類が少なく,範囲も有蹄類の動物であるという特徴があり,そのなかの奇蹄目ではウマ・ロバ,偶蹄目ではウシ・ヒツジ・ヤギ・ラクダを牧畜的家畜とし,同じ有蹄類でもブタは群棲しないところから非牧畜的家畜としている。

【牧畜生活】狩猟・採集時代の人類は,生活様式も単純で胃袋を満たし家族を養った。しだいに集団社会が形成されると定住する農耕集団と移動する遊牧集団に進化し,それぞれの民族文化を象徴する国家社会にまで発展させた。とくに遊牧民族の消長は,現代に至るも世界の一部に継承され,その歴史の長さと深さは驚異感を抱かせられる。[1]ツンドラ地帯の遊牧民(トナカイ),[2]中央アジアのステップ地帯の遊牧民(ウマ・ヒツジなど),[3]砂漠とオアシス地帯の遊牧民(ラクダ・ヤギなど),[5]アフリカなどサバンナ地帯の遊牧民(ウシ)がそれである。狩猟民は動物を殺すことによって生活を維持してきたが,遊牧民は家畜を生かすことによって暮らしている。彼らは水草を求めて財産でもある家畜の群を増やし,あるときには貨幣代わりに物交の代償にもなる。衣食住のすべてが家畜に依存する遊牧民は,肉ばかりを食べているのではなく,農耕民との交易により穀類(ムギ・アワなど)を入手して穀食もする。しかし,彼らの生活様式からは当然,肉・乳・乳製品類の摂取は多くなる。モンゴル地方に飼われている蒙古羊は尻や尾に脂肪を蓄えている。もともと蒙古羊はそうではなかった。モンゴル人は生活の場で食料を“炒める”必要から油を求めねばならなかった。彼らは彼らの所有するヒツジから脂肪の摂れる脂肪尻(尾)羊を改良作出したと言われている。

【日本の風土と牧畜】縄文時代の貝塚や弥生時代の遺跡からウシ・ウマの骨が出土したことから,当時すでに飼育されていたか,もしくは野生種が日本に棲息していたと考えられている。

 牧の字義については,「古事類苑」によれば,〈牧の字源は馬城の意なり。牧の字は元支那にて養牛の人と言えるが転じてその地を言い,再転して養馬の地をも謂う。わが国また牛馬放養の地をひろく牧と称せり〉とあり,中国ではウシの飼養地から,日本ではウマの飼養地から始まり,この両者が混交したところに日本の牧畜文化の由来が潜んでいるかのようである。

 日本の牧畜は,2千年の歴史とともに農耕と結びついた形で発達してきたと見てよい。その過程は,ヨーロッパ・アジア・アメリカ・アフリカなど大陸の諸地域とは異質なもので,日本独自の風土が生んだ所産であろう。近年,日本では牧畜なる用語はあまり慣用されなくなった。