●北欧美術 ほくおうびじゅつ
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スカンジナビア美術と呼ばれることもあるが,北欧はスウェーデン・ノルウェー・フィンランドのスカンジナビア三国に,デンマークおよびアイスランドを加えた地域を言い,歴史的にも文化的にも深く結びついているので一括して取り上げる。これら五国の国土を合わせても日本のおよそ3.5倍(デンマーク領のグリーンランドを含めると9倍ほど)で,その人口も最大のスウェーデンで830万余,最小のアイスランドではわずか24万人と極めて少ない。その上寒冷で冬が長く,文化的発達が遅れたと考えられる。また,五国のうちフィンランドのみは東亜系のフィン人によって成り立っており,他の北ゲルマン・スラブ系民族から成る国々とは違った言語・文化を形成しており特異である。【絵画と彫刻】遅くまで厚い氷河に覆われていたこれらの国々にも,比較的早く人類の遺産は見出される。およそ8000年の昔,石器時代の狩猟・漁労民たちが北ノルウェーの裸出した岩壁に馴鹿(トナカイ)・熊・鯨などの輪郭を具象的に表した線刻画である。また,石造の馬の頭像や素焼きの櫛文土器,プリミティブな土偶も多い。金属器時代に入ると,デンマークやスウェーデンの南部に農耕・牧畜民が刻んだと見られるより図式的な線刻画が散在する。具象でありながら,円やデフォルメされた人像・家畜・そりなどが抽象化されて刻まれており,天体の運行や透視的な胎内図と思われるものさえある。これら北欧の原始美術は1880年代に発見され,民族の独自性を大いに鼓舞した。
紀元前後には南方のローマ文化が伝わり,金や銀による装飾品が数多くつくられた。また,5〜6世紀ごろになると北欧古代文字ルーンを刻んだ石碑が,8世紀ごろからのヴァイキング時代には,動物と植物が絡み合ったケルト紋様の装飾品や彫刻物が盛んになる。これらは,北欧神オーディンに基づく精神世界の表出であり,生命への怖れが連続した螺旋の形態となって表されている。一種異様とも思われるこの形は北欧美術における永遠の主題で,現代にも受け継がれている。異教を排した北欧圏へのキリスト教の影響は遅く,ようやく10世紀ごろからドイツを通してもたらされた。その道程にあるバルト海中のゴトランド島は,ロマネスクからゴシックに至る木刻像や漆喰絵画の宝庫となっている。
北欧ルネサンスは15〜16世紀に見られるが,この地における真の開花はむしろ17世紀,さらに自由の時代と謳われた18世紀と見るのが妥当だろう。スウェーデンでは,ドイツ人のクローツカー(1629〜1698)が西欧絵画の技法を伝え,フランスから招かれたタラバール(1705〜1750)が1735年にアカデミーを開設した。その結果,18世紀後半には幻想的な画家ピロ(1711〜1793)や,ローマでラテン彫刻を学んだセルゲール(1740〜1814)らによって,ロココ風のグスタヴィアン王朝美術が開かれた。
デンマークでは,エッカースベルイ(1783〜1853)が,“絵画の父”と称えられている。客観的な描写で静謐さをたたえた作品を特色とし,アカデミーの教授として多くの後進を育てた。ベンツ(1804〜1832),ハンセン(1804〜1880),ショブケ(1810〜1848)らが弟子で,同国絵画の黄金時代を築いた。彫刻では,トルバルセン(1768〜1844)が,新古典主義の旗手としてヨーロッパ全土において活躍していた。
13世紀以降,スウェーデンとロシアに長く支配されてきたフィンランドでは,エクマン(1808〜1873)が近代絵画を拓き,エデルフェルト(1854〜1905)に受け継がれて発展した。とくに,19世紀末から20世紀初頭にかけて民族意識が高揚し,1917年にはついにロシアからの独立を果たすが,ガレン=カレラ(1865〜1931)は民族叙事詩カレワラを主題に絵画・版画・挿絵・壁画・テキスタイルなど幅広い活動で民族の魂を写し出した。もう一つの魂を,女流画家ショルフベック(1862〜1946)に見ることができる。寡黙な色彩と単純化された形は,内へ向かう精神を表しているようでもある。
同じくノルウェーでも,独立の機運のなかでダルー(1788〜1857),クローグ(1852〜1925)らが民族主義を推進した。そのなかから,表現主義の先駆者として名声の高いムンク(1863〜1944),生命の彫刻で知られるビゲラン(1869〜1943)らの異才が育った。
スウェーデンでは,アカデミズムへの反抗者たちが1886年に美術家連盟を結成し,美術界の刷新を推進した。その中心となったヨセフソン(1853〜1906),世紀末様式の装飾的画法で最もスウェーデンで親しまれているラーソン(1853〜1916),印象主義の画風で知られるゾーン(1860〜1920),抽象映画を試みたエゲリング(1880〜1925),幻想的な彫刻家ミレス(1875〜1955)らが近代美術への道を拓いた。
第二次世界大戦後は,コペンハーゲン・ブリュッセル・アムステルダムに同時発生した前衛グループ「コブラ」・南スウェーデンのイマジニストグループ・ポップアートのファールストローム(1928〜1980),同じくアイスランド生まれのポップ画家エロ(1932〜)らの活動が国際的に注目されている。
【建築と工芸・デザイン】イギリスのある評論家が,北欧の素材感覚は東洋の日本と一脈通じるところがあると述べている。近ごろではプラスチックの氾濫で生の素材の感触はしだいに失われつつあるが,土や木のもつぬくもりは人の心を和やかにする。高度な経済生活のなかで工業化を推進しながらもこの自然の感覚を維持し,人間味のある造形をつくり出しているのが北欧の一大特色である。
中・南欧が石の文化であるとするなら,北欧は木の文化と言えよう。建築も多くは木造であったから現存する物は少ない。古ウプサラには北欧神の神殿の遺構も伝えられるが,現存するものとしてはノルウェーのポーグンドやロムの木造伽藍など,キリスト教伝来後の11,12世紀のものである。石造建築も13世紀に南欧より伝わり,フィンランドのウィブリ城,14世紀にスウェーデンのウプサラ,ノルウェーのニダロス寺院,16世紀から17世紀にかけてはルネサンス様式でデンマークのフレボレス城,古典主義様式でローセンボルク城が知られる。また,18世紀にかけてはストックホルム王宮,19世紀にストックホルムの北方博物館,ノルウェーのオスカルハルト城などがある。20世紀に入って,フィンランドのサーリネン父子(1873〜1950)・(1910〜1961)とアールト(1898〜1976)が木を生かしたフォルムで国際的注目を浴び,デンマークのヤコブソン(1902〜1971),スウェーデンの機能主義者アスプルンド(1885〜1940)などが続いた。
工芸・デザインの分野は,スカンジナビアン=デザインとしてとくに名声が高い。古くから各種素材による工芸品は日常生活のなかで親しまれ,その製作者たちも(造形家)として誇り高く仕事をしてきた。近代デザインのなかでは,1884年にスウェーデンのマンデルグレン(1813〜1899)がアカデミー内に工芸家のための日曜学校を開き,後に工芸協会を設立して北欧デザインの発展の礎を築いた。
その結果,20世紀の初めには,ハルド(1883〜1980),ガーテ(1883〜1945)らのガラス工芸が,ユーゲント=シュティール(世紀末様式)のスウェディッシュ=モダーンとして国際的な評価を得た。フィンランドでは,画家ガレン=カレラ・建築家アールトらが主導者となり,1918年に工芸協会が設立された。ノルウェーではフィンチ(1854〜1930),デンマークでは家具と照明器具で知られるクリント(1888〜1954),ウェグナー(1914〜)らによって,素材と形態と機能の美が追求され,第二次世界大戦後にスカンジナビアン=デザインの名声が確立された。スウェーデンでは,家具のマルムステン(1888〜1972),陶芸のコーゲ(1889〜1960),テキスタイルのマルタ(1873〜1941),デンマークでは銀細工のイエンセン(1866〜1935),照明器具のヘニングセン(1894〜1967),ノルウェーでは織物のハンセン(1855〜1931),陶芸でグルブランドソン(1894〜1978),フィンランドでは織物のユング(1906〜1980),クリスタルと木工のウィルカラ(1915〜)ら,多士多彩である。遅れて1935年に工芸学校を設立したアイスランドでも,エイナーソン(1895〜1963)らの陶芸を主に新しい造形活動がおこりつつある。
これら精緻な工芸品というよりは大らかなモダン=クラフトと呼ぶのがふさわしい北欧のデザインは,飾り物としてではなく,日常生活のなかで実際に使われ親しまれ真のデザインになっている。また,工業デザインの分野でも,ボルボ社の車に代表されるように,堅牢で高品質な息の長い製品が地道に生産されており,北欧人のラジカルな知性とヒューマンな感性を感じさせられる。それは,建築・環境デザイン・都市計画などにも一貫して見られる姿勢であり,世界一長い画廊と言われるストックホルム地下鉄駅の環境造形は,公共環境に芸術を取り入れた例として成功している。