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●ホーエンツォレルン家 ホーエンツォレルンけ

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 ブランデンブルク選帝侯・プロイセン王(1701〜1918)・ドイツ皇帝(1871〜1918)の家,シュヴァーベン地方の貴族であったツォレルン家を祖先とする。居城が丘の上にあったことから家名が生じた。13世紀にシュヴァーベン系とフランケン系に分かれた。フランケン系はニュルンベルク伯を継承していたが,フリードリヒ6世が1415年,ブランデンブルク辺境伯に任ぜられた。1618年東プロイセンを合併し,大選帝侯フリードリヒ=ヴィルヘルム(在位1640〜1688)が発展のための基礎を築いた。フリードリヒ3世がスペイン継承戦争に加わった功により,1701年王号を許されプロイセン王フリードリヒ1世と称した。フリードリヒ2世(大王,在位1740〜1786)は父のフリードリヒ=ヴィルヘルム1世の残した軍事力と財力を活用して,プロイセンを列強の一つにした。1848年に起こった三月革命のなかで,フランクフルト国民議会フリードリヒ=ヴィルヘルム4世をドイツ王に推したが彼はこれを拒否した。1871年ドイツ統一に成功したことで,ヴィルヘルム1世は王位を兼ねて初代ドイツ皇帝となった。3代目の皇帝ヴィルヘルム2世のとき第一次世界大戦に敗れ,1918年革命によって退位,オランダに亡命した。一方,シュヴァーベン系の領土は17世紀にヘッヒンゲンとジグマリンゲンに分かれたが1849年,両者ともにプロイセン王国に合一された。