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●暴力 ぼうりょく

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 暴力とは極めて広義の概念であり,それが置かれる文脈によって意味するものがさまざまである。主要な文脈を四つあげてそれぞれで暴力の意義づけを行ってみる。

【歴史と暴力】歴史の展開を推進し,あるいは抑圧するものとして暴力が考えられている。この考え方の典型の一つは,マルクス主義の歴史理論に見られる。それによれば,歴史は極めて早い時間から資本主義社会の現在に至るまで階級闘争によって貫かれてきた。階級闘争は,経済と政治における支配階級と被支配階級の間で行われ,両者は暴力を用いて闘争する。資本主義社会の場合で具体的に言えば,支配階級の暴力は治安機構・司法機構の機能であり,被支配階級の暴力は革命運動における武装闘争や労働運動におけるゼネラル=ストライキであった。被支配階級による暴力革命の成功によって歴史は進展する。帝国主義階級に入ると,暴力による闘争は帝国主義国の支配と植民地民衆の抵抗の間にも見られるようになる。また帝国主義国相互間の戦争としての暴力闘争も歴史的に必然的である。しかし,最近のマルクス主義理論では,先進資本主義社会では社会主義社会への移行が暴力革命を経ずして行われることができるという考え方がとられるようになっており,帝国主義諸国間の戦争も必ずしも不可避とされていない。

【日常と暴力】日常の社会生活において,暴力は犯罪・逸脱およびそれらを抑圧するものとして位置づけられる。暴力の行使を伴う犯罪は,凶悪犯罪・粗暴犯罪などである。凶悪犯罪は,殺人・強盗・強姦・放火であり,粗暴犯罪は,傷害・暴行・脅迫・恐喝である。一定の人口当たりでこれらの暴力を伴う犯罪が生じる頻度は国民社会によって大きく異なる。たとえばその頻度は,相対的に言えばアメリカ合衆国で非常に高く,日本では非常に低い。これには文化型の差や治安機構の機能の差が影響している。また,必ずしも犯罪と見なされないが,暴力を伴う逸脱として近年注目を集めているのが,校内暴力家庭内暴力・しごき・いじめ・公共物に対するヴァンダリズムなどである。それらは,一方では行為者の情緒障害など病理の表現であり,他方では教育危機・家族崩壊などがもたらすものである。犯罪などの抑止にはいわば合法的暴力が使用されるがその極限は死刑である。

【遊びと暴力】暴力は一定の社会的統制の枠のなかに置かれつつ,人々の遊びにおいて魅力の一要素になっている。その典型例の一つはスポーツ,とくに一般に格闘技と言われるものに見られる。たとえば,ボクシングは,体重制やグラブをつけるという統制の枠をもつが,選手に殴り合いをさせ,相手を打ち倒し,起き上がれない状態に追いこむことが勝利となるスポーツである。相撲・レスリング・ラクビー,いずれでも一定の制限のもとでの暴力行使が見られる。それは競技者にとっても観客にとっても闘争心を満足させる。いま一つの典型例は,文学・演劇・映画・テレビ番組などにおける暴力描写である。それらは,暴力を犯罪や逸脱としても描くが,英雄的なもの・男性的なものとして讃美・肯定しつつ描くことが多く,問題視されている。

【思想と暴力】宗教・哲学などにおける暴力の意義づけでは,さまざまな肯定と否定の類型が区分される。多くの宗教が地獄の概念・イメージをもつが,それは,絶対者である神などが人間に対して罰あるいは運命として行使する暴力である。また,哲学では,暴力を通じて進歩や正義が実現するという発想が広く見られる。先述の古典的マルクス主義がその一例であるが,ファシズム・ナチズムの思想,日本では武士道や軍国主義思想もその実例である。これに対して,暴力を否定する思想としては,暴力を用いず不服従を通じて抵抗を行うガンジーの思想や反戦平和思想などがある。