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●法隆寺金堂壁画 ほうりゅうじこんどうへきが

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 金堂の外陣および内陣の壁は多くの壁画によって飾られていたが,1949年(昭和24)1月火災のため,たまたま取り外してあった内陣の飛天の図以外は悉く焼損した。罹災以前では,外陣の四面の大壁には,釈迦・阿弥陀・弥勅・薬師の浄土の光景が,八面の小壁には菩薩の像が描かれていた。さらに以上の12面の上部と扉部の上部の計18面の小壁には山中羅漢図が描かれていたが,大部分は失われ数面を残すだけであった。なお内陣の小壁20面には二体ずつの飛天が描かれていた。これらの像は鉄線描と呼ばれる肥痩のない力強い筆線が描き起こされ,赤と緑を基調とする鮮やかな色彩が用いられ,また肉身や着衣に強い隈取りが施されており,全体として西域の仏画描法を採り入れた唐朝様式の影響が極めて顕著である。持統朝ごろには成立していたとするのと,唐朝様式のわが国に伝えられたのは8世紀の初頭704年(慶雲1)遣唐使の帰国した時期との二つの見解がある。