●法の精神 ほうのせいしん
AD1746
モンテスキューの主著。12年間の労苦の末,1746年に執筆完了。1748年10月に刊行。秘密出版であったが22版まで刊行。全31篇より成る。自然法に照らして良い政体は何かという発想ではなく,古今東西の人間社会がいかに風土・宗教・法律・政治の格律,過去の実例・習俗・生活様式の影響を受けているかを綴り,各政体にはそれを成り立たしめている固有の原理があるとした。たとえば古代都市国家,古代ローマの共和政は徳,ゲルマン侵入以後のローマと近代ヨーロッパの君主政は名誉,トルコ・ペルシアの専制政は恐怖というようにである。共和政には貴族政と民主政とがあるが,望ましい君主政とはこの二つの性格を包含するものだと考えた。すなわち貴族によって占められた中間団体を擁する君主政で,しかも人民のより多くがこの中間権力にも参加できるような政体である。またモンテスキューは本書で,立法・執行・司法三権の機械的分立ではなく,執行権者たる君主が阻止権をもつことによって立法権に加わることや,貴族を裁判するのは立法機関の中の貴族団によるべきであるとし,三権の有機的な結合をひいては国王・貴族・人民の共同主権を遠望した。さらに市民的自由を政治的自由から区別したことも本書の特徴であるが,この市民的自由は,純然たる商工業の自由というわけではなく,刑法上の身体の保金を第一としており,政治的自由には身分的独立のような中世的なものも含まれていた。それでも,信仰の相対性や租税批判が反響を呼び,1749年,イエズス会・ジャンセニスト,総徴税請負人などがこの書を批判したので,翌年「『法の精神』の擁護」を発表。その後も法王庁が禁書目録に載せたり,パリ大学神学部が異端としたが,高等法院法官層からは好意的に見られ,1751年,パリ高等法院の建言の中では肯定的に引用された。フランス革命ではムーニエなどモルナシャンに影響を認めることができ,復古王朝期にもデステュット=ド=トラシーなどによって取り上げられた。