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●彭徳懐 ほうとくかい

アジア 中華人民共和国 AD1898 清

 1898〜1974 中華人民共和国初代国防部長。湖南省出身。1928年平江蜂起を指導。抗日戦争八路軍副総司令。1949年当時第一野戦軍司令。朝鮮戦争人民志願軍初代司令員。1954年に国防部長となり人民解放軍の近代化を進めたが,1959年の廬山会議で「大躍進」,人民公社化運動の極左傾向を批判し,黄克誠・張聞天・周小舟とともに「反党集団」と決議され失脚した。1961年,ゴガン※注1※は明代の清廉な官吏・海瑞が皇帝に直言して罷官になった史実を題材に『海瑞罷官』を発表。1965年,姚文元の「『海瑞罷官』を許す」はこれを彭徳懐の復権を意図したものと批判し「文化大革命」の口火を切った。1978年の中共11期3中全会は彭徳懐の名誉を回復した。「大躍進」「文化大革命」と深くかかわる彼の名誉回復は,「文化大革命」さらには毛沢東政治見直しの契機となった。なお名誉回復後,彭徳懐が1965年に西南地区の戦略後方基地建設の副総司令を務めたこと,1974年に非業の死を遂げたことが判明した。

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