●奉天会戦 ほうてんかいせん
アジア 日本 AD1905 明治時代
日露戦争最大の陸戦。戦闘参加兵力は日本軍25万人,露軍32万人。1905年(明治38)1月の黒溝台の戦い後,右翼より鴨緑江軍(司令官川村景明)と第1軍(同黒木為槙)・第4軍(同野津道貫)・第2軍(同奥保鞏)・第3軍(同乃木希典)を配した満州軍(総司令官大山巌)は,決戦主義から3軍編制に拡大したクロパトキン率下の露軍の殲滅を計画,2月22日鴨緑江軍の清河城・馬群鄲方面への進撃,同27日第3軍の迂回北進と主力の砲撃から,3月1日全線で総攻撃を開始した。戦局は露軍の激しい攻勢で膠着した。7日露軍が左翼を退却させる一方で,退路獲得から右翼で反撃に転じ一時第2・第3軍が苦戦に陥ったが,10日第4・第2軍が奉天を占領。露軍撤退後16日前進部隊の鉄嶺占領により奉天会戦は終了した。会戦は露軍を敗退させはしたが主力を殲滅できず戦略上も失敗であった。以後深刻な補給問題を抱え講和交渉に期待をつないだ。奉天占領の日を記念して陸軍記念日となった。