●法蔵 ほうぞう
アジア 中華人民共和国 AD643 唐
643〜712(貞観17〜先天1)中国唐代の僧。華厳宗の第三祖。姓は康,字は賢首。賢首大師・国一法師・康蔵国師・香象大師とも称される。祖先は康居(サマルカンド)の人で祖父のとき長安にきた。17歳,太白山に入り数年間仏典を研究し,のち長安の雲華寺で智儼に師事し華厳経を聴いた。670年(咸亨1)則天武后の勅により剃髪した。のち武后の外護により華厳宗の教線は伸張した。地婆訶羅・実叉難陀・菩提流支・義浄らの訳場に参加し訳経を助けたが,仏教思想の最高峰である華厳教学の完成に努めた。玄奘によって衰微させられた旧仏教を再興することを使命とした。彼は第三祖とされるが,華厳宗の実質上の開祖と言ってよく,彼の名により賢首教とも言われる。彼の教学は新羅出身の門人審祥により日本に伝えられた。著述には『華厳経探玄記』『華厳五教章』『遊心法界記』『起信論義記』などがある。