●放送学習 ほうそうがくしゅう
アジア 日本 AD
電波メディアによって,音声や映像を通して広く伝達される各種の情報を利用して,学習が促進されることをさす。【学校における放送学習】日本では1935年(昭和10)4月に NHK 学校放送が開始されて以来,今日まで非常に多くの教育プログラムが組まれてきている。ラジオ・テレビの受信施設のほか,ラジオ=カセット,テレビ=ビデオもかなり普及し,その活用範囲は広がり手軽さも一昔前の比ではない。1983年度 NHK 学校放送利用率の全国調査によると,テレビ利用率は全国の幼稚園・保育所の7割以上,小学校の9割弱,中・高等学校の3分の2弱となっている。またラジオ利用率は全体として低下の傾向にあり,中学校の21.0%を最高に小・高・幼の順に低くなり,保育所の7.8%が最低となっている。番組別では,幼稚園・保育所では「にんぎょうげき」など,小学校では「理科」「社会科」「道徳」,中学・高校では理科関係のシリーズが高い利用率をあげている。しかし,現場での実際の活用となると「教科書王国」のことばに代表されるように,教科書中心で放送学習は便宜的に行われているにすぎない。
こうした事態の背景には,解決すべき二つの問題,つまり教師論と教材・教具論がある。教師論では教室教師とテレビ-スタジオ教師の,また教材論では教科書教材と放送教材の異同が問題となる。放送教材に対する教師の見方は,次の三点,[1]その専門性,[2]その効果性,[3]その効率性に集約される。一般に放送教材は,その専門性と効率性については多くの賛同を教師から得ているが,効率性の問題となると疑念がさし挟まれる。従来言われてきた放送教材の未知性や一過性の難点は,録音・録画装置の急速な普及やテキストの普及によって改善されてはきた。しかし,依然として大多数の教師にとって,放送教材の位置に変化が生じているとは思えない。加えて,教科書においても放送教材においても,要はメディアの種類にあるのではなくそのメッセージやコンテントにあることを考慮すれば,効率性の問題を単なる実践上の技術的な問題としてとらえることには限界がある。
そこで,より本質的な問題として教室教師の地位と役割に光を当てる必要が出てくる。そうなれば,まず教師が子供といっしょに教室で放送学習することの意味が問われる。そこでは教師は子供たちと同じ視聴者であり,いわゆる教師と子供の上下関係は崩れ民主的な関係が現出する。とくにテレビ教師,スタジオ教師の出現は,子どもの学習における教師の助言的位置を明確にさせる。角度を変えてみれば,印刷メディアとしての教科書と同じく電波メディァとしての学校放送は,教室教師を学習集団における個々の学習者への中継者または強化者として,つまりオピニオン=リーダーとして位置づけるものである。
【社会教育と放送学習】社会教育は,いつも不特定多数の相手を対象としている。それはたいていの場合一時的で浮動的である。この点で放送学習による社会教育は,個人的な学習と同様に一人ひとりを生かし,お互いの心につながりをもたせるような小集団学習をも含めた学習を促進する。そこで放送学習を進めるにあたり,以下の三つの点が問題となる。第1は利用番組に関して。利用するものが“番組追求型(単一継続視聴)”か“テーマ追求型(複数番組単発利用)”か,さらに“アカデミー型(情報伝達型)”か,“つどい型(生活態度づくり型)”か。第2に学習者の参加度に関して。参加度が高いほど学習意欲・効果も上がる。第3にリーダーについて。会が自主的になればなるほど学習者自らがリーダーになることなどが挙げられよう。
〔参考文献〕片岡徳雄・森楙『放送学習集団』1968,黎明書房
NHK 総合放送文化研究所「放送研究と調査」4,1984,日本放送出版協会
放送利用社会教育研究会編『テレビで学ぶ』1979,日本放送教育協会
片岡徳雄・住岡英毅『視る・集まる・学ぶ』1981,日本放送出版協会