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●北条時政 ほうじょうときまさ

アジア 日本 AD1138 平安時代

 1138〜1215(保延4〜建保3)鎌倉期の武将。鎌倉幕府の初代執権。平時方の嫡男。母は伊豆権守為房の娘。伊豆国の北条に住み北条を称した。義時・時房・政子などの父,初め伊豆国の土豪だったが,1180年(治承4)女婿源頼朝の挙兵を助け,1185年(文治1)源義経の追捕を名目として上洛して,守護・地頭設置の勅許を受けた。初代京都守護となった。翌年7カ国の惣追捕使兼地頭に補されたが間もなく辞退した。頼朝の死後2代将軍頼家の独断を抑えるために宿老会議によって政務を担当した。のち頼家を廃し,実朝を擁立して幕府の実権を握った。この間,梶原・比企・畠山・稲毛氏を滅ぼした。1205年(元久2)女婿平賀朝雅を将軍としようとして義時・政子に阻まれて失敗。伊豆に退いて出家した。法名を明盛と称したが,1215年1月8日に没した。享年77歳。墓は伊豆韮山町願成就院にある。