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●北条高時 ほうじょうたかとき

アジア 日本 AD1303 鎌倉時代

1303〜1333(嘉元1〜元弘3・正慶2)鎌倉期の武将。鎌倉14代執権。貞時の次子。母は安達氏娘。鎌倉に生まれ相模太郎邦時・二郎時行の父。幼名を成寿丸と称した。1316年(正和5)わずか14歳にて執権につくが、10年の後1326年(嘉暦1)病気と称して職を金沢貞顕に譲った。その間1324年(正中1)9月後醍醐天皇が鎌倉幕府の追討を謀り失敗。よって寵臣の日野資朝と俊基を捕え、資朝は佐渡に流し俊基は赦して都に帰した。金沢貞顕は執権就任後わずか1カ月でその職を赤橋守時に譲り背後で政治を行ったが、幕府の実権はすでに執事の長崎入道円喜高資が握って高時の暗愚に乗じて専横を極めたため、幕府の力は衰退の一路をたどった。また遊宴・闘犬・田楽などに耽ったが、1333年5月京で足利尊氏が討幕の兵を挙げ、新田義貞が鎌倉に攻め入ったため葛西ケ谷の東勝寺に入って一族二百余名とともに自刃した。

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