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●北条早雲 ほうじょうそううん

アジア 日本 AD1432 室町時代

 1432〜1519(永享4〜永正16)戦国初期の戦国大名。名は伊勢新九郎盛時。長氏・氏茂とも言われる。出家して早雲庵宗瑞と号した。出自については,伊勢国の素浪人だったとする説のほか,幕府の政所執事伊勢氏の一族とする説や備中国伊勢氏の出とする説などがあり,最近の研究では備中出身説が有力。妹が駿河の守護大名今川義忠に嫁いでいた縁により招かれて今川氏に仕え,一時,京都に上って幕府の申次衆になったこともあったが,1487年(長享1)駿河に下って今川氏親の反対勢力を倒し,その功によって駿河興国寺城の城主となった。1491年(延徳3,一説に1492年)堀越御所の堀越公方を攻め滅ぼして伊豆に進出し,戦国大名後北条氏の基礎を築き,さらに1495年(明応4)には小田原城を奪取して相模への第一歩をしるした。1516年(永正13)三浦義同・義意父子を新井城に攻め相模の平定にも成功した。『早雲寺殿廿一箇条』は家訓として有名。

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