●放生会 ほうじょうえ
アジア 日本 AD
魚鳥など捕獲された生類を山河池水に放ちその生命を救う法会。仏教の殺生戒に基づくもので,この放生が人間の滅罪・功徳になると言う。殺生禁断も放生の思想と同じ意味をもつ。『日本書紀』によると676年(天武天皇5)8月に諸国へ,同年11月に「近京諸国」へ放生の詔勅が出された。以後,旱天・災害・疫病・天皇の不予や死亡・五穀豊穰祈願・十三回忌仏事法要などの際に,放生や殺生禁断の勅令が出された。放生会の開始は720年(養老4)9月,一説には744年(天平16),宇佐八幡宮において催された。『三宝絵詞』(巻下)によると,戦で兵人を多く殺した罪をなくすために放生会を行うようになったという。京都の石清水八幡宮では863年(貞観5),一説に876年(貞観18)に始められ,948年(天暦2)に勅祭となっだ。放生川が近くにあり,ここで放魚,庭で放鳥が1070年(延久2)より始められたと言う。放生会が豊穰祭すなわち収穫を祝う祭りの観を呈するようになった例もある。
![]()