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●法興寺 ほうこうじ

アジア 日本 AD 

 奈良県明日香村飛鳥にある寺院。飛鳥寺とも言う。本格的寺院の最初。『日本書紀』によれば蘇我馬子が588年(崇峻1)より建造を始め596年(推古4)に造り終わるとある。ただし606年(推古14)鳥仏師作丈六仏をその本堂に安置しているので,寺院の完成はこのころに及ぶと見られる。蘇我氏打倒と大化改新の原点となった中大兄皇子と藤原鎌足の接近が,この寺の庭で行われた打毬の席であったという書紀の記事によってこの寺の規模が想像されるが,1956年(昭和31)の発掘調査で塔を挟んで三方に金堂を有する大伽藍であったことが確められた。法興寺は後官寺に入れられ大安寺・薬師寺・川原寺とともに四大寺に数えられ,国家的行事を行う道場となった。都が平城に遷されるとともに寺も移され元興寺と称せられた。旧地の寺が本元興寺と言われたという通説に対し,本元興寺は別寺との説もある。現在の飛鳥寺は1826年(文政9)建立の安居院という堂と旧寺の本尊とがある。