●封建的土地所有 ほうけんてきとちしょゆう
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封建社会における封建領主の農民支配の経済的基礎として,領主は土地を所有し,領主の所有土地を無所有の農民が借りうけ耕作して生活の便宜を享けることができたために,農民は領主に対して貢租負担を初めとするさまざまな義務を負うこととなった,と言われている。封建社会の領主・農民関係=支配・従属関係の経済的基盤を解き明かす基軸的な概念が封建的土地所有である。もともとこの概念は西ヨーロッパ経済史研究のうちに醸成され,マルクスによって,近代的土地所有(その典型は,近代イギリスにおいて成立した農業の三分割制,近代的地主・農業資本家・農業プロレタリアート,の存在を前提)と対立するものとして措定された概念であって,それは,小農民経営の応汎な存在を前提として成立している,前近代的な大土地所有(それがヒエラルヒッシュにレーエン制的に編成されている場合に限って,ヨーロッパ的視点から封建的と見なされてきたのだが)をさしていた。
この概念は,このようにしてもともと西欧の史実から抽出されて成立してきた歴史概念であるから,日本におけるどの時代のどの土地所有に比定するのかについては定説がなく,百家争鳴的な見解分裂がいまだに続いている。
すなわち学説上,日本における封建的土地所有を検出できる社会は,中世・近世社会と見なすのが歴史家の最大公約数的意見であるが,たとえば中世社会においてどの土地所有が封建的土地所有とみなされるべきか。もともと〈土地所有〉なる概念は,近代歴史学上の学問的概念に他ならないから,日本の中世社会で〈土地所有〉などといった史料的表現が存在するはずもない。この〈土地所有〉に近似した日本中世的表現は,〈所有〉については〈知行〉である。この〈知行〉という概念内容については,専門的には一義的には確定しがたい複雑な論点をはらんでいるが,最大公約数的に言えば,特定の土地に対する一定の支配権を表現しているものの,その支配権が絶対的ともいうべき近代的所有権とは違って,他のさまざまな〈知行〉と重合しているところに中世的特色がある。荘園領について言えば,東家・領家・荘官のそれぞれは同一の荘園の土地について,東家職・領家職・荘官職の諸〈知行〉として主畳している。そのどれが東源的〈所有〉であって,それ以外の諸〈知行〉はこの東源的〈所有〉の派生的なものなのか,その位置づけに定説はない。 中世史家の多くは,日本中世に展開した在地領主制を封建的領主制と見なしている。とするならば,在地領主は必然的に,封建的土地所有者として把握されねばならないのだが,在地領主は,国衛の在庁官人,荘園の荘官,地頭領の地頭といった多様な存在形態のもとにあり,しかもそれぞれの〈知行〉対象は一様ではない。とするならば,日本中世社会の封建的土地所有をどれに求めるべきかについては簡単に処理できない難問をはらんでいると見なさざるを得ないのである。
日本の中世社会の〈知行〉の対象である〈土地〉は,中世社会では,〈職〉として表現されていた。〈職〉とは〈土地〉そのものではなく,〈土地〉から得られる権益を意味しており,古代律令体制下の官職概念の中世的変形に他ならなかった。だから,〈土地所有〉の日本中世的表現は,〈職〉の〈知行〉ということとなる。とするならば,東家職・領家職・荘官諸職・地頭職などに分裂・主畳している中世の諸〈職〉のうち,どの〈職〉が本格的な〈職〉でありその他の諸〈職〉が派生的なのか,〈知行〉と全く同様な難問が生じている。だから,日本中世に〈封建的〉土地所有をどのようにして確認するかは一層困難となる。本源的な〈土地所有〉の共通の確認すらできていない学界の現況のもとでは,より高次な認識レベルの問題である〈封建的〉土地所有について,それをリーズナブルに理論的・実証的に追究した研究は皆無と言っても過言ではない。
近世社会について言えば,大名の土地所有が封建的土地所有に他ならなかったことについては確言できる。ただ近世社会は,封建的土地所有と封建的支配=領有が一体化しているという,日本史的特殊(ヨーロッパでは,封建的な〈所有〉と〈領有〉は分離している)を無視して近世社会の封建的土地所有を論ずることはできない。
〔参考文献〕黒田俊雄『日本中世封建制論』1974年,東京大学出版会
安良城『幕藩体制社会の成立と封建』1959,御茶の水書房