●方言周圏論 ほうげんしゅうけんろん
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方言の要素(語・音など)が文化的中心地を中心に同心円状に分布する場合、外側から内側へ向けて順次変化してきたと推定されるとする方言分布の解釈の原則(仮説)の一つ。
柳田国男が命名し提唱した論。柳田は、“かたつむり(蝸牛)”の方言が、東北地方の北部と九州の西部でナメクジであり、同じ東北と九州でツブリであり、関東や四国でカタツムリ、中部や四国などでマイマイ、そして京都を中心とする近畿地方で、デデムシのように分布することを発見し、これによって、かつて京都で蝸牛の方言がナメクジ→ツブリ→カタツムリ→マイマイ→デデムシのように変化し、それぞれが東西または南北へ放射されたと推定した。(「蝸牛考」人類学雑誌42−4〜7、1927)
これは J.シュミットの“波状伝播説”(1872)と同じ考え方であるが、柳田は独自に思いついたものらしい。むしろ農業経済学の古典であるチューネン『孤立国』(1826)の「農業経済学的領域図」からヒントを得たと晩年に自ら語っている。
【方言周圏論その後】柳田は当時の乏しい情報から推定したのだったが、その後45年たって国立国語研究所がつくった『日本言語地図』(1972)の「かたつむり」の分布図によって推定の正しさが裏づけられた。“かたつむり”と同様に周圏分布をするものが、牝馬・もみがら・塩味がうすい・座る・教える・糠・(いい天気)だ・痣になる・とうもろこし・おたまじゃくしなど80項目近くの項目のなかに見つかっている。狭い地域でも、その地方の文化的中心地を中心にに周圏分布を見せる例は数限りない。
この周圏論は語に認められるもので、音・アクセントはむしろ逆に、文化的中心地ほど保守的だという“方言孤立変遷論”(金田一春彦)や、語でも各地で独立に生まれることがあるという“多元的発生論”(長尾勇)など反論または修正説というものがある。方言分布の成立は極めて複雑でただ一つの原則(仮説)だけでは解釈できない。確かに孤立に変化することもあり各地で独立に生まれることもある。これらと同列に周圏的分布を示すことも間違いなく認められる。方言周圏論は、方言分布の解釈の原則が数あるなかの一つにすぎない。
周圏論は、方言だけでなく民俗にも適用できるだろうという考えから“民俗周圏論”または“文化周圏論”と称して一時熱心に主張されたことがある(倉田一郎・牧田茂)。しかし、周圏論で説明できる現象はむしろまれなところから民俗学関係であまり問題にされなくなった。それでも、やはり説明原則の一つであることは否定できない。
【『蝸牛考』をめぐって】方言周圏論が初めて主張されたのは、上に引用したように1927年の「人類学雑誌」においてであったが、この論文ではまだ“方言周圏論”の名は出ていない。1930年に『蝸牛考』(刀江書院)という一書を出すにあたって“方言周圏論”と命名している。『蝸牛考』は方言周圏論を提唱するためだったと言われる。その後、創元社(1943)から再刊されたが、この種の研究の核心ともいうべき分布図が省かれた。『定本柳田國男集』第18巻には創元社版が収録されている。
【方言周圏論の意義】現在の学界であまり歓迎されないけれども、方言分布の解釈の一つの原則としての価値は不滅である。また、『蝸牛考』は日本における言語地理学研究の最初の論文でもある。フランスの言語地理学の言う“古語は辺境に残る”という現象が何重にも重なった場合で、フランスなどでもこの種の現象の指摘と命名は見当たらない。
〔参考文献〕柳田国男「蝸牛考」『定本柳田國男集18』1968、筑摩書房
柴田武「方言周圏論」
大藤時彦編『講座日本の民俗1 総論』1978、有精堂
