●包銀 ほうぎん
アジア 中華人民共和国 AD
元代中国の税目の一つ。旧金朝領の江北で行われ,絲料とあわせて科差と呼称されていた。包銀の包は,引き受けることで,軍戸・站戸(駅伝の役に当たる)など特定の労役・奉仕にもっぱら従う戸の負担について一般の民戸もその一部を引き受ける意味であると言う。したがって軍・站戸などには課されず,一般の民戸にのみ課される。1230〜1240年代,絲料の附加税として地方的に徴収されていた。1251年に至り,一戸当たり年に銀6両の税として全国的に発足した。この負担は過重であり,1255年には4両に引き下げ,かつ銀は2両だけで,他は絲・絹で納めることを認めざるを得なくなった。1260年の世祖即位の後,負担能力に応じて全科戸・減半科戸などと等級づけを行いそれぞれの税額を決めた。また全額を交鈔(紙幣)で納めさせることにし以後の定制となった。税制を異にする旧南宋領の江南にも1323年包銀の徴収を企てたが,数年でとりやめることになった。