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●伯耆 ほうき

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 現在の鳥取県東伯・西伯・日野三郡の地域をさす。山陰道の一国。上国。『旧事本紀』によれば波伯記(ははき)国とも言う。天神川流域を中心に発展,伯耆国造の支配地。大化改新後一国となる。国造は東伯すなわち倉吉を中心としており,国府は倉吉市国府,国分寺は倉吉市国分寺。一ノ宮の倭文神社は東伯郡東郷町の中心にある。『延喜式』には六郡より成るとある。平安時代末には西伯郡大山寺,東伯郡三徳山三仏寺をはじめ,四王寺・大日寺・大慈寺のごとき寺院が建立され,とくに大山寺や三仏寺は僧兵の拠り所となる。鎌倉時代には六波羅探題南方の北条氏が守護を兼ねるくらいだから山陰道の重要なところとされ,南北朝の内乱以降船上山によって大山寺の衆徒の協力を得た名和長年が力を発揮。次いで石橋氏を経て山名氏が倉吉中心に力を振い,尼子がこれを滅ぼし,毛利がこれを攻め,関ケ原後は小藩分立。1617年池田光政,のち鳥取藩は池田一族領有,伯耆の国は島根・鳥取両県を転々としたが,1881年鳥取県となる。