●ホイッグ党 ホイッグとう
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イギリスの政党。ホイッグの名は清教徒革命中スコットランド西部におこった長老派の反政府的急進分子の名から出る。王政復古後チャールズ2世は復古政治を行って不評。嫡子がないためカトリックの王弟ジェームズが相続権者となる。1679年シャフツベリ伯を中心とする勢力はジェームズの王位継承排斥法案を提出し,クラレンドン伯グループはその不可を主張して対立した。それぞれ相手をホイッグ・トーリーと呼んで非難した。ホイッグの支持者は民権的伝統をもつ貴族・ヨーマン・都市商人・非国教徒などで,王権制限・議会権強化・積極的海外発展などを考慮。名誉革命は両派協力で達成。その原理はホイッグのものである。ハノーヴァー朝(1714年以降)のジョージ1世はウォルポールを信任,責任内閣制の出現などイギリス憲政史上重要な進展があり,約50年間ホイッグ全盛。世紀後半はピットのトーリー党が優勢であったが,産業革命の進展とともにホイッグ党は産業資本家の支持を得て強力となり,1830年代にはトーリー党の一部を加え1832年選挙法改正に成功。このころから自由党と呼ばれ,自由主義政策を実施する近代的政党に脱皮した。