●ヘンリー1世 ヘンリーいっせい
ヨーロッパ 英国 AD1068 ノルマン朝
1068〜1135(在位1100〜1135)ウィリアム1世の末子。兄ウィリアム2世の没後,イングランドに不在中の正当な王位継承者長兄ロベール公を排して即位。翌1101年,王位を窺ったロベール公とのあいだにアルトンの講和を結んだが,その後逆にノルマンディーに侵攻,1106年,タンシブレーの戦いでロベール公を破ってノルマンディー公国の併合に成功した。彼は即位のさい,サクソン時代のよき法慣行,とくにエドワード懺悔王の伝統の尊重を誓い,「特許状」を発布し,統治に当たった。この特許状は後のマグナ=カルタの原型となる。彼の時代は,ノルマン朝の中央集権的封建国家統治体制が発展を遂げ,中央行政機構の改革(財政・司法機関の独立)や,4法典の編さんが行われた。また,聖職叙任権,裁判権をめぐる王権と教権(カンタベリ大司教アンセルム)の争いが表面に現れた。晩年は,唯一人の王子をホワイト=シップの難破で失う等不運が続き,失意のなかで病没する。