●ヘンデル
ヨーロッパ 英国 AD1685 後期スチュアート朝
1685〜1759 外科医の父の意志で法律を学んだが音楽を志し,1703年,ハンブルクでオペラ「アルミラ」を上演して成功。1706年,イタリアに旅し各地で活躍したのち,1710年にロンドンへ渡った。ここでオペラ「リナルド」を成功させ女王の信任も得,1719年,王立音楽協会を設立,多くのオペラを上演し好評を博し,全欧にも名声をひろげた。1726年,イギリスに帰化,宮廷礼拝堂楽長に就任したが,ボノンチーニに敵対され「乞食オペラ」で打撃を受け劇場は破産,1740年ごろからオラトリオの創作に入り「メサイア」で大成功。愛国的国民運動の波に乗り多くのオラトリオで好評を得たが1753年,両眼失明,6年後ロンドンで没した。作風はドイツの手堅さイタリアの簡潔とフランスの華麗をあわせもった外向的象徴的手法の音楽で,オペラ36,オラトリオなど31,声楽曲約120,管弦楽曲27,協奏曲20余,序曲組曲など13,室内楽40余,チェンバロ曲250余など,ぼう大な数にのぼりバロックの代表でもある。