●ベンチャービジネス
AD
もともと venture には,投機・思惑の意味があるが,現在使用されている和製英語の場合は,一か八かといった否定的色彩よりも肯定的な評価を多くもつ。大儲けのチャンスはあるが,火傷を負う可能性も高い分野の新種の企業活動に対して,一流金融機関や大企業は最初は相手にしないが,そこを強引に挑戦する中小企業家が,ユニークなアイデアと超一流巨大技術設備の成果を組み合わせて行う新しいビジネスをいう。また,ハード生産や流通・広告は巨大企業の既成のルールに依存しつつも,新情報・新サービスを商品として研究開発し,人気商品として売出しを成功させることによって巨大な利潤の獲得を図る企業(零細か中小)のことをいう。【企業家像】[1]超一流大企業内で先行きの見通しをなくした第一線技術者数人が「独立」し,親会社を母体とする下請の形で巨大設備を活用しつつ,小回りのきく研究開発・ソフトプログラム開発を行い販売する場合,[2]大企業自体が労組の圧力,年功序列の給与体系,職能制の人事昇任規定などにしばられず,かつ膨大な創業者利得を企業オーナーにもたらすために,ベンチャーを小規模にいくつもつくり,才能と冒険心と技術マインドをもつ「やり手」に資本を出して任せる場合,[3]まったくの素人の脱サラ,学生出身,主婦や OL が,個人的なソフト技術や新情報のプランを企業化することを考え出し,親の資産・退職金・手持不動産売却,さらに出入りの金融機関などで資本を捻出し,仲間を集め,労使という従来の関係と異なる労務感覚から,協同してソフト開発の零細企業をおこして成功した場合,などがみられる。
【社会的な背景】自由企業体制と民主的な政治経済が広範囲に制度化している上に,高度技術文明と経済合理化が達成されている社会においてベンチャーが生まれる。FA(ファクトリオートメーション)・OA(オフィスオートメーション)・WP(ワードプロセッサー)の普及により,電子工業技術と結合した省力化と即時処理が可能となった段階で,ベンチャーが群生している。超巨大企業の利潤低下の傾向を防止するためには,新資源や新素材の開発をはじめ,企業体の生命力を盛り返し,企業活動の新天地を確保することが必要である。そのためにも経営管理の分権や組織の水平化が求められるし,さらには別小会社のベンチャーの必要性が高まる。巨大設備の固定化や高度先端技術の死蔵というひずみから脱出した彼らは,仲間=友人=同志ともいえる水平関係の研究技術上の作業小集団を構成する。あたかも学生演劇の一座か素人楽団の離合集散のようにして冒険に乗り出す。むろん,大衆消費社会が広告産業を極度に肥大化させ,マス=メディアが多種多彩に隆盛している背景が必要である。1回のイメージ広告で,零細企業体の一見なんでもない商品サービスが国民の嗜好をつかみ,大成功する場合がないわけではない。
【産業経済の活性化】20世紀の二つの世界大戦の半世紀に及ぶ過程のなかで,より巨大,より高度化した重化学工業と原料資源の膨大な採取,および精密中小企業の多種多様な群生という両方向を合わせ備えた展開がみられる。現代のベンチャービジネスの源流は,20世紀軍需中小企業の先端部分や,零細ではあるが技術水準の高い最先端企業にあるともいえよう。軍需産業の二つの道筋(巨大設備企業体と零細中小企業体)が,互いに依存し刺激しあいながら現代資本主義の高度化を促進してきたように,現代の巨大装置(ハード)の大企業体は,冒険的零細小企業と相対応する依存関係にある。前者は,国家財政と金融に守られつつ,突出するベンチャービジネスの莫大な創業者利潤の大半を結局は吸収し,かつ刺激を受容し,産業経済界全体の活性化をなしとげてくる。別の側面からみれば,戦後資本主義が大量消費のための大規模生産の方向で成功しつつも,現在では逆に量から質,物からマインドへの転換が求められ,先手必勝型のベンチャーが,老成した大経営支配網のなかから躍り出てくる。伝統と名望をもつ大企業は社会的責任も重く,身動きがとれず,多くの場合,過剰在庫と金利負担の重荷を抱え込んでいる。さらに国際企業としての存在も,東西関係や南北問題のいずれも厳しい重圧のなかで,行動の自由と利潤拡大の展望が狭められており,このようなときにこそ,資本制企業独特のダイナミズム回復の旗手として,ベンチャービジネスが評価されるといえる。大企業が高賃金,福利厚生費の高負担,大労組の圧力,巨大設備投資の固定化,国家官僚の強い行政指導などで,がんじがらめになっているときに,民間の活力を再編成し,在野の発想を導入し,小回りのきくユニークなノウハウと,サービス情報を売込むベンチャービジネスのあり方が注目されるのである。
ベンチャーは,個人的な創意の創出,抑圧されることのない利潤追求欲,大企業式人事管理からの自由を伴い,能力別の厳しい選別をもたらす。その結果,伝統的な「日本的経営」の力量(勤勉・節倹・忍耐・協調)が,ここで初めて最高度にまで発揮されてくる。企業ヒエラルヒーの日常的トラブルや,ハンコ行政,会議のための会議といった時間の空費から自由になった小集団が,もてる才能と技術を身心からしぼり出すようにして提供し,実質的意義のある討議を闘わせながら,ベンチャービジネスを創立する。彼らは,手勢的な意味あいの強い OA の男女労働者の「仲間」をつれて「自立」し,創業者的冒険心を燃やして,小企業を設立するのである。その場合,企業設立自体はむしろ従で,目的とされる新サービス商品や,新技術の販売自体があくまで主である。それゆえ,提供する新商品が多様化するときや新しい商品に切換えられる際には,また新しい企業体を新チームでつくる場合が多いのである。
【労働生活の変化】ベンチャービジネスの突出は,少量多種生産様式,技術者の創意の具体化,高い付加価値の創出,技術者小集団の自立的で濃厚な討議,CM 部門やセールス部門と現場技術者との密接な連絡など,現代産業の最先端の特徴を最も顕在化したといえる。こうして,サービス・知識・情報などのソフトウェアが現代商品の第一線に躍り出たのである。ここでは,経営者・株主・技術者・科学者・本工労働者・臨時工労働者・下請労働者・婦人パートといった,職業と身分・役割による差別や区別が,旧来の大企業や中小企業にみられるようには現出しない。多くの先進的な現代企業では,設計・製図も帳簿経理も,経営・販売・労務のデータ処理も,情報の分析と総合も,すべて単純労働化してしまった。ベンチャービジネスの場合,その傾向がさらに顕著となっている。従来の視角でいえば,単純化と部分化は,労働の質や職能のグレード低落化を単純に意味するのだが,ベンチャービジネスでは,逆にそこにこそベンチャーのメリットを集約的に表現しているのである。しかも,性風俗,教育,冠婚葬祭,健康,転職,引越し,ミュージックなど,日常性の人事にまつわる個人や家庭の世界が資本主義的な利潤追求の格好な舞台に変貌していく方向性を,ベンチャービジネスはとくにはっきりと打ち出す。自然と緑,サイエンス,遊び,冗談,レジャーにまつわる各世代や両性のそれぞれに特殊な願望が,商品サービス化される。アートデザインやファッション・広告・芸能などの産業部門との連係のなかで,ベンチャービジネスが群生してくる。だから,終身雇用によって一定度の水準のそろった能力,人格の労働力を確保し,稼動させつつ「会社人間」に育成していく旧来の企業精神の方向は,重大な挑戦を受けているといってよい。自由な発想を身につけ,新技術開発力をもち,成功への野心と,創業者としての特別超過利潤の獲得に燃える冒険心,および精密で確かな技術的水準をもつベンチャービジネスマンが,現代社会に群生している事実がまさに注目されるところである。彼らは「やる気」のある人間だけを必要とするなかで,労働力の厳しい選別を経験する。その結果,旧来の企業体内で埋没して部分人間的存在であったのが,ベンチャーのなかで全人的存在に変貌していく可能性がみえるのである。