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●ヘレニズム

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 ポリスの存在を前提としていた古代ギリシアの後をうけて,ギリシア風ではあるが普遍化され,領土国家が出現して,個人主義やコスモポリタニズムが支配的になった形態。「ギリシア語を話す」「ギリシア人を真似る」の意味のへレニゼインを語源とし,19世紀ドイツの歴史家ドロイゼンが時代概念として用いたのに始まる。

【時代と地域】ヘレニズムはアレクサンドロス大王の父フィリポス2世に始まるとする説もあるが,普通はアレクサンドロス大王の東方遠征の開始(前334年),または大王の死(前323年)からクレオパトラが自殺して,プトレマイオス家が滅亡する(前30年)までの間をいう。地域的には,大王が遠征したインダス川以西が含まれるが,西アジアは早くから離れたので,正確には含まれない。

ディアドコイとエピゴノイ】アレクサンドロス大王は世界帝国を建設し,ペルシア風儀礼を採用したり,人種間の結婚を奨励したりして,ギリシア固有の形態は退けられてきた。大王の死後,帝国は分裂して,エジプト・シリア・マケドニア・リシマコスの第1後継国(ディアドコイ)が成立し,その後,リシマコスが倒れて,3世紀半ばからはペルガモンを加えた第2後継国(エピゴノイ)が地域的特色を発揮した。最も栄えたのはプトレマイオス家の支配したエジプトであるが,ギリシア人の支配に対するエジプト人の反乱もしばしばみられる。その他の国でも反乱がみられ,エピゴノイ国家相互の争いや王朝内の紛争があって,しだいに力を弱めていった。ローマは前3世紀末から,これらの国に干渉を加えはじめ,前2世紀ごろから吸収して属州にしていった。これらの国では「共通ギリシア語」(コイネ)が普及していった。

【経済】アレクサンドロス大王によって成立した帝国では,オリエントと地中海世界が一体化し,経済上も交流を深めた。ギリシアは政治的に没落するとともに,経済的にも中心から遠ざかり,代ってエジプトのアレクサンドリア,シリアのアンティオキア,メソポタミアのセレウキア,小アジアのペルガモンなどの都市が繁栄し,デロス島やロードス島が仲介貿易の中心となっていた。前2世紀から出現してきたラティフンディアのための奴隷売買は,仲介貿易の重要な商品の一つであった。インドの香料,中国の絹,エジプトの織物,ガラス,パピルスなどが商品になっているのも,ヘレニズム時代の世界性を示すものである。

【文化】ポリスの共同体意識はくずれ,個人主義や世界主義が浮上してきた。因習を否定したキュニコス派(犬儒派)や人間はすべて理性をもっているゆえに平等であるとし,世界国家を考えたストア派などは世界主義的傾斜をもつもので,これに対し,快楽を重視したエピクロス派などは個人主義の上に成立しているといえる。

 自然科学の発達もヘレニズム文化の特色の一つである。物理学のアルキメデス,幾何学のエウクレイデス,地理学のエラストテネスらがその代表的なものであるが,これらの人はいずれもエジプトのアレクサンドリアに,プトレマイオス2世のときに建てられたムセイオンに関係をもっている。ムセイオンには,世界各地から多くの学者が集められていた。ここにも,超国家・民族的なヘレニズムの姿をみることができる。

 芸術も王朝などの保護をうけ,均整と調和をおもんじたギリシアのものと比べれば,壮大で技巧的になってきた。建築ではペルガモン宮殿が代表的なものであり,豪壮である。彫刻では激情を表現している「瀕死のガラティア人」や「ラオコーン」をはじめ,官能主義的な裸婦像や人物像が多く,ギリシアの理想主義に対して,写真主義の傾向が強い。

 なお,宗教では個人の救済を趣旨とするものが流行し,東方的な君主崇拝が採用された。

【普及】ヘレニズムがヨーロッパに普及するのは,ローマという世界帝国を通じてである。形としてのヘレニズム文化はペルシア,インド,中国を通り,日本にも入ってきた。