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●ベルツ

ヨーロッパ ドイツ連邦共和国 AD1849 ドイツ連邦

 1849〜1913 ドイツ人医学者。南ドイツのウェルテンベルヒ国のビーチヒハイムという人口5000ばかりの町に生まれる。シュトットガルトの中学卒業後,チュービンゲン大学に入り医学を修めた。その後ライプチヒに転学し,1870年には普仏戦争に従軍して,終戦後に卒業した。1876年,ライプチヒ大学の講師となったが,同年4月,日本政府の御雇教師となり,6月に横浜に着く。東京大学で講義を始め,内科と産婦人科を担当したが,1890年(明治23)には明治天皇と皇太子嘉仁親王の侍医に就任した。彼は日本に多い病気である脚気・恙虫病・ジストマを研究してその成果を西洋の雑誌に発表した。また温泉療法の奨励や温泉の改良についても意見を述べた。さらに日本人の人類学的特徴の地方変異にも着目し,形態学的分類を行った。1902年,東京大学を退官したのち1905年6月帰国。1913年8月31日,動脈瘤で死去した。

〔参考文献〕渡辺正彦訳『ベルツの日記』岩波書店

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