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●ヘルダーリン

ヨーロッパ ドイツ連邦共和国 AD1770 ハプスブルク朝

 1770〜1843 ドイツの詩人。テュービンゲン大学で神学を学んでいたとき,ヘーゲルやシェリングと知り合った。その青春時代に,シラーやルソーの思想,プラトンやカントの哲学,スピノザ汎神論に接し,さらには,新しい時代の啓示としてのフランス革命を見聞したことは,彼の詩精神の形成にとって決定的な始原体験となった。以来,彼は牧師になることを断念し,予言者的詩人として,ワイマール古典主義やロマン主義などの当時の文壇の主流とはとくにかかわりのない,孤高の道を歩んだ。1796年,フランクフルトで銀行家ゴンタルト家の家庭教師をつとめたときに,当家の主婦スゼッテ夫人に熱い思いを寄せたが,この女性は,ヘルダーリンが人間性の永遠の鏡とみなしていたギリシアの愛の女性,“ディオティーマ”として形象化されることによって,その詩作のなかに不滅の面影をとどめている。彼が狂熱的な感動を覚えたフランス革命とこの“ディオティーマ体験”こそは,彼の創作に崇高な生気を吹き込む天才的霊感の活力源となった。しかし,30歳ごろから彼の精神は異常さをきたし始め,晩年は意識の昏迷の淵に沈んだ日々を送り,曽遊の地テュービンゲンで73年の生涯を閉じた。

 ヘルダーリンは現実を,破壊と再生の過程を通じて,彼岸の理想の全的実現をめざして,つねに生成し発展する,歴史の動的な場として把握した。人類の歴史に一大転回を招来したフランス革命の原動力となっていた,その理想主義は,それゆえ,この詩人においては,このような〈混沌からの創造〉という,詩的想像力にかかわる美学的・超越的契機として継承され,活性化され,聖化されていったのである。ヘルダーリンのこのような革命的情熱は同時にまた,その灼熱的な愛国心の必然的な発現形態にほかならなかった。当時の祖国の悲惨きわまる現実に対する悲嘆と幻滅は,過激さをきわめたドイツ批判のことばとなり,また,それゆえ炎のように燃え上がる,古代ギリシアの黄金時代に対する憧憬と愛のパトスに昇華していったのである。彼は無常な世の推移のなかにあっても変わらない,美しい祖国ドイツの自然の輝きのなかに,神々しいヘラス世界の霊気が生動する,神聖なひとときの現前を直覚したのであった。この詩人がここで人類の究極の理想として夢みていたのは,ドイツ精神とギリシア精神を総合させた,民衆の愛の共同体の建設であった。この共和主義的理想を創造するために,ここで詩人に託された絶対の使命とは,ヘルダーリンによれば,詩本来のことばでもって,今や去ってしまった〈神々〉を呼びだし,〈神々〉のための祝祭を催すことにほかならなかった。以上のような彼の形而上学的詩精神を造形した主要な作品としては,書簡体で書かれた一種の教養小説『ヒュペーリオン』(1797〜99),民衆の犠牲となって,万有の懐であるエトナの火山に身を投じることによって神々を復活させたという,ギリシアの哲学者・詩人・司祭エムペドクレスの伝説を主題にした未完の悲劇『エムペドクレスの死』(1797〜99),ならびに古代ギリシアの詩型を活用した数々の幻視的・黙示録的な詩があげられる。彼がここに発見し再生させたギリシアは,どちらかといえば,むしろその英雄的,ディオニソス的局面であった。それだけに,この詩人が,のちに哲学者ニイチェに与えた影響は多い。なお,ヘルダーリンは死後,長らく忘却の闇に包まれていたが,今世紀の初め,その本格的な全集が出版されたり,哲学者ディルタイによってこの詩人がその考察圏内に取り入れられたりすることによって,その真価の正当な評価の端緒が開かれた。